第256話 望んだ未来
【リティシア】
姿が見えなかったはずの私の護衛騎士が遠くから歩いてくる様子が見える。アレクとイサベルもそれに気づき、彼の方へ顔を向ける。
「あらアーグレン。どこ行ってたの?」
「すみません、怪しい者がいないかどうか見張りをしていました。」
「そう…いい心掛けね。ありがとう。」
確かにリティシアが力をつけて再び私達を襲う可能性は十分にある。その時までにはもっとこちらも力をつけなければならない。今度こそ、大切な皆を護る力を手に入れないと。
「それじゃぁもう戻りましょう。悪女のいない平和な屋敷にね」
私はそばにいたイサベルの手を引くと屋敷の扉に向けて歩き始める。アレクがアーグレンになにか話したいことがあるようだったので、私はイサベルの手を取ったのだ。
「……グレン、お前の服…灰なんてついてたか…?」
「……あぁ、それは……アレクと公女様が使った魔法の影響がここまで来ただけだ」
「……水の魔法で灰が飛んできたと?」
「まぁ、そういうことだ」
「………グレンがそう言うならそういうことにしとくか……」
全く納得していない口調でアレクが呟くものだから、私はくすくすと笑ってしまう。アーグレンからすれば話すまでもないということなのだろうが、適当な言い訳をどうにか受け入れようと頑張るアレクが面白かった。
「リティ様?」
イサベルには背後の会話が聞こえていなかったようで、きょとんとした表情でこちらを見上げてくる。
無垢な瞳が私を真っ直ぐ見つめるものだから、その瞬間を写真に撮りたい欲が抑えきれなくなる。だがこの世界にそんなものは恐らくないので私の目に焼き付けておくしかなさそうだ、残念……。
「あ、そうだ、リティ」
突然私の名前が背後から呼ばれたので、「なに?」と振り返る。アレクは何も言わずに自分のポケットに手を入れるとある物を取り出す。私は見覚えのあるそれに、驚いて目を見開く。
「そ、それは……!私が結界を張っておいた手紙……!?」
「あぁ。この手紙、わざわざ書いてくれてありがとうな。」
「ちょ、ちょっとまって、それ読んだの?読んでないわよね?読んでないって言って!!」
「いや、しっかり読んだ。」
「あ〜〜もう……」
万が一アレクや他の誰かがあの手紙を見つけた時のために、本当に読むの?とか最初に何回か聞くような文言を書いたような気がするのだが……まぁ何を書こうと見つけたら読むだろう。アレクだから。
というか私がアレクからの手紙を見つけたら最初に何が書いてあろうと読むから。それと同じよね……。あぁ、なんて書いたっけな、変なこと書いてないといいけど……。
一人で悶えていると、隣でイサベルが「リティ様の殿下への愛がよく分かる素敵なお手紙でした!」と素直な発言でトドメを刺してくる。そんな、そんな可愛い純粋な顔でそんなこと言わないで……。
「……リティが手紙だけの存在にならなくて本当によかった」
「……え?」
アレクは自身の手にある手紙をじっと見つめる。そして寂しそうに言葉を紡ぐ。
「もし、もしリティがあのまま異世界にいたら……俺達はきっと二度と会えない。リティがいた印は手紙だけになってしまったから」
一度別れた未来を受け入れようとしたからか、彼はその「もしも」の世界を辛そうに語る。
私にとって元々アレクは小説の中の話だから、もし別れたとしても元に戻ったとしか思えないが……彼にとってはそうではない。一緒にいたはずの人間が突然手紙だけを残して消えるなんて……どれほどの喪失感なのだろう。
「リティの選択なら、それでも受け入れようと思った。だけど……リティはこうして帰ってきてくれた。俺と、グレンと、イサベル……皆のところに」
「……えぇ。」
「ありがとう。帰ってきてくれて」
彼が嬉しそうにそう呟いたところで、気づいた。イサベルやアーグレンが優しい表情を浮かべていることに。皆私が帰ってくることを…ずっと望んでくれていたんだ。
「そんなの、私だって同じよ。私を待っていてくれてありがとう。迎えに来てくれて……ありがとう」
私はイサベルから手を離し、アレクの両手をそっと包み込むように握る。この手が、私を、皆を何度も護ってくれた。私はこの優しい手をこれからもずっと離さずにいたい。
「……イサベルさん、そんな悔しそうな表情をなさらなくても」
「えっ!?な、何を言ってるんですかアーグレン様!いくらリティ様が手を離してしまったからって、く、悔しくなんかありません!」
「え、そうだったの?ごめんなさい、次はイサベルの手を握るからちょっと待っててね」
「いえ、その……違うんです、リティ様!…いや違くないんですけど……」
真っ赤になって否定するイサベルの様子があまりにも可愛くて私は笑いを堪えきれなくなる。
かつて彼女は悪役である私を殺すかもしれない主人公だった。でも今は私の大切な友達のイサベルだ。それ以外の何者でもない。
アーグレンも、アレクも、皆私の大切な友達であり、仲間だ。彼らがいれば私はこの先どんな困難にも立ち向かえると思う。
そんな気がした。
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