第253話 決着の時

【アレクシス】


勢いよく燃え盛る炎を見てリティシア嬢は楽しそうに笑い声をあげる。こんな人間がかつての婚約者であったことなど信じたくなかった。


「あはははっ、アレクの前で灰になるがいいわ!」


「貴様……今すぐ炎を消せ!」


俺が強く睨みつけると、リティシア嬢はわけがわからないといった様子できょとんとして呟く。


「どうして?この女が消えれば私と貴方は元の鞘に収まる。これでよかったのよ」


「いいわけないだろ!」


「アレク!」


この女には何を言っても通じない。そう判断した俺は炎にできる限り近づいていく。


この腕輪さえなければ魔法が使えるのに……!肝心な時に使えない魔法なんて全く意味がない。


「リティ!聞こえるか!大丈夫か!!」


先ほどまで聞こえた返事が今は返ってこない。返事ができないほど弱っているのか、聞こえていないのか、それとも……。


「無駄よ。」


リティシアが俺の隣に立つと冷たく言い放つ。


「この炎の壁は消せない。炎はじりじりとあの女を追い詰めていくわ。…いい気味ね。公爵令嬢の居場所を奪った罪…その命で償ってもらうわ!」


「やめろーー!!」


リティシア嬢が呪文を唱えると炎は天井につくかつかないかくらいの高さまで一気に燃え上がる。そのまま全てを飲み込もうとした…ように見えたが、炎はそれ以上動くことはなかった。代わりに見えたのは炎の中から強く輝く赤い光。


「アレク!今よ!」


揺れる炎に一人のシルエットが浮かび上がる。光はリティのネックレスから放たれていた。その光は真っ直ぐ俺にかけられた腕輪へと向かう。そして、粉々に破壊した。


ネックレスの光が俺を包み込むと、今まで感じたことのないような強い魔力を自分の中から感じた。これならいける。


「ルーアクト!!」


この呪文を叫んだのは俺だ。だが、俺一人じゃない。炎の中でボロボロになったリティが一緒に叫んでくれていた。


俺とリティの大量の魔力が一度に放たれ、リティの目の前の炎は一瞬で消滅する。そして…気づけば屋敷の炎は跡形もなく消えていた。


【リティシア】


二人で全ての屋敷の炎が消えていることを順番に確認していたら、リティシアはいつの間にか姿を消していた。屋敷のあちこちは燃えてしまっていたが、とりあえず完全消滅を免れることができたので私達はほっとしていた。


リティシアのことは気になるが、自分のご自慢の炎まで消されてしまったのだから、これに懲りてもうなにもしないだろうと信じたい。


外に出て、変わり果てた屋敷を呆然として眺めていると「リティ様!殿下!」と声がかかる。その言葉に振り返ると、イサベルとアーグレンが真っ直ぐこちらに走ってきていた。


「ご無事でよかったです…!」


「公女様、殿下。まずはお二人のご無事を喜びたいところですが、あの女はどうなったのでしょうか…?」


アーグレンのその言葉に私達は顔を見合わせると、複雑な顔を浮かべる。


「それが…あの後すぐに姿を消してしまって…」


「結局どうなったのか私達にも分からないのよね」


「そうですか……」


またリティシアが戻ってくるのではないかと全員が思ってしまったのか、間にちょっと微妙な空気が流れる。だがイサベルは少しそれとは違うような表情をしていた。


「どうしたの?イサベル」


「……あの日私は全員を助けてハッピーエンドを迎えたいと言いましたが、それがどれだけ無謀なことかわかりました」


悪役も助けたい、そう語っていたイサベルは自身の発言を振り返って呟く。その表情は悲しみも混じっていたが、それだけではなかった。


「もう手遅れなんですね。誰が何を言っても聞かない哀れで可哀想な人…」


イサベルの言葉に誰も言葉を発することができなかった。リティシアは確かに哀れで、残酷で…可哀想な人間だ。


「リティ!」


すると、再び声がかかる。この声はお母様だ。私が部屋に閉じこもって(実際には異世界にいたがそうだと思われてる)からの再会だからとても久々に感じる。


屋敷をこんなにしてしまって怒られるだろうと思った私は咄嗟に「ごめんなさい、屋敷が……」と謝罪の言葉を発する。


お母様は少し驚いたような表情をすると、何故か私をぎゅっと抱きしめてくれた。


「何言ってるの。貴女が無事ならそれでいいのよ。屋敷を守ろうとしてくれてありがとうね」


お母様は私が何をしていたかなんて少しも知らないはず。それなのに何故か自信をもってそう告げてくれるので、私はこの人がこの世界のお母さんでよかったと心から思った。


ちなみにお父様は今壊れてしまった屋敷を元に戻すために修理の人を呼んでくれているらしい。仕事が早い。


「アーゼルは最初ね、火事を止めるために水の魔法の人を呼びに行ってたのよ。でも連れてきた時にはもう火は跡形もなく消えてたの。リティと殿下がやってくれたんでしょ?」


お母様には全てお見通しのようだった。私はお母様に微笑みを向ける。


「えぇ。アレクがやってくれたのよ」


「いえリティがやってくれたんです」


「私に喧嘩売ってるの?」


「え、今俺はどこらへんで喧嘩売ってたんだ…?」


するとぷっ、と吹き出す声が聞こえたのでそちらを向くと、イサベルが笑いを抑えている様子が見えた。「す、すみません、つい……」と言いながら楽しそうに笑顔を浮かべていた。


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