第244話 演じていた役
「全部思い出したわ。あの日……私がいつもみたいに学校から帰っていた時…私がここを渡る直前に、凄い速度で横切ってきた車がいてね。その車のことはなんとか避けれたんだけど、そっちばかりに気を取られていて倒れてくる電柱に気がつかなかったの。」
その後、私は避けきれず電柱の下敷きになってしまい、気づいたらリティシアになっていたので、私の身体がどうなったのかは知らない。私の身体にリティシアが入ったのか、それともそのまま死んでしまったのか、今となってはもう分からない。
この場所に来た時に、突然私の足が動かなくなったのは、きっとあの電柱が倒れる瞬間を身体が覚えていたからだろう。
そして今、再びその恐怖が繰り返された。私はその事実をもう一度確認する。
「もし……もし、この場所に一人で来ていたらきっと私は死んでいたわ」
帰り道のこの場所で……私が死ぬことはもうとっくに決められていたのかもしれない。
あの時は、幸か不幸か、死んだ先にはリティシアとしての人生があった。だが今は違う。
もしアレクが私を探しに来なかったら?
アレクが倒れてくる電柱に気づかなかったら?
私が生きる可能性よりも、私がこの世界でもう一度命を落としていた可能性の方がずっと高いことは、よく考えなくともすぐに分かることだ。
…もっと最悪な可能性を告げるとすると、アレクも一緒に巻き込まれたかもしれないということである。例え可能性の域にすぎなくても、こんなことはあってはならない。
「……アレク、私はここで死ななければならない運命なのかもしれない。……貴方を巻き込むわけにはいかない。早く私を置いて元いた世界に帰りなさい」
私の運命に、彼を巻き込むわけにはいかない。二度も手放した命なのだからもう一度手放したところで痛くも痒くもない。
私がアレクの生きる世界へ渡ることはもうきっと……二度と許されないことなのだ。
夢は夢らしくいつか覚めなければならない。当然のことだ。
私はまだ恐怖に震える身体を無理やり動かし彼の肩をそっと押し、降ろすように指示する。終始私の話を黙って聞いていた彼であったが、そこでようやく口を開いた。
「……もし、また柱が倒れてきても俺が止める」
「……え?話聞いてた?いつまた倒れるかも分からないし、それにどう死ぬかだって分からな……」
「矢が飛んできたって、剣で刺されそうになったって全部俺が止める。だから」
アレクは私が逃げるとでも思ったのか、私の身体を一切降ろそうとはせず、ただこちらを真っ直ぐと見つめてきた。私はその美しく澄んだ瞳に、一瞬にして釘付けになる。
「生きることを諦めるな」
予想だにしていなかったその台詞に私は目を見開き、何も言葉が出てこなかった。彼は更に言葉を続ける。
「ずっと思ってたんだ。リティシアとしての人生は悪役として生きなきゃいけないって決めつけてたあの時から……ずっと自分の本心じゃない、何かを演じて生きようとしてるんじゃないかって」
彼から紡がれる言葉に全く反論ができず、私は私の今までの生き方を少しずつ考え始めた。
「今だって本当は一緒に行きたいのに、私は死ななければならないからって死に役を演じようとしているように見える」
全てを見透かされていることに私は驚き、そして気づいた。
…アレクの言う通りだ。一緒に行ってその先で皆に会いたい。でも私は許されない。そうに違いないと勝手に決めつけ、本気で行きたくないかのように役を演じた。
「何かを演じたり、死ななければならないとかそんなんじゃなくて、自分らしく生きてほしいんだよ。悪い運命なんて俺は信じない。何度だって足掻いてみせる。それはリティが秘密を打ち明けてくれたあの時からずっと決めていたことだ。」
思い返せばあの時から、私は男主人公と悪役が結ばれるなどありえないと決めつけていた。私の気持ちなど優先してはいけないと思っていたから。
「自分らしく生きることを諦めないでほしい。俺は、自由に、なんにも縛られずに生きてるリティが一番好きだ」
目を見て真剣に呟くものだから、私は思わず視線を逸らす。強い信念をもつ彼を前にすると、弱い自分がよく浮かび上がってくる。可能性に怯えて、悪い運命を受け入れてしまおうとする弱い自分が。
「……何よそれ」
「リティが自由に生きようとするのを邪魔するものがあるなら、全部俺が蹴散らす。約束するよ。」
「……それでも、貴方を巻き込みたくない」
「いや、俺は巻き込まれたい」
「…あのね、私は真剣なのよ」
「俺だって真剣だ。もう何かに縛られて苦しむリティなんか見たくない」
苦しい、か……。確かにそう言われてみればずっと苦しかったかも。決められた役で、決められたエンドに向けて動く…自由とは程遠い人生を歩もうとしてたから。
でもそれはとっくに捨てたつもりだったのに、まだ捨てきれていなかったのね。
それをアレクは見抜いていた。きっと誰よりも先に気づいてくれてたんだ。
「……でも私は、最初からちゃんと自分らしく生きてたわ」
「え?」
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