第245話 写らない
「貴方のために生きることが私の生き甲斐。私らしく生きることは貴方のために生きることなのよ。……けど、そうね。苦しんでまですることじゃないし、貴方が悲しむならもうやめるわ」
私はずっと私の信念に基づいて自分らしく生きていた。リティシアに転生してからも、その前もね。でもそれで貴方が傷ついてしまうのなら全く意味がない。
「何かの役を演じるのはやめる。私は私らしく、貴方のために生きるわ」
何かを演じることはやめるが、結局アレクのために生きることはやめないというその結論に彼は複雑そうな表情をこちらに向ける。…どうも私の答えが不服なようだ。
「……嬉しいけど、自分のためには生きてくれないんだな」
「これが自分のためなの。言ったでしょ。前世含めて……あれ、今はもう前世がリティシアになるのかな……いやこれはもう考えないとして、天宮莉茶の時も、リティシアの時も、私はずーっと貴方が好きで貴方のために生きてたんだから。これを曲げたらもう私は私じゃないわよ」
私の幸せが、貴方の幸せなら…私の生き甲斐が貴方になることくらい想像つくでしょ?きっと全部分かってるけど納得できないのね。
私は微妙な表情の彼を見てふふっと笑った。
「迷ってばかり、諦めてばかりでごめんなさい。もう迷わないなんて言わない。もし迷ったり、諦めそうになったらまた貴方が止めて頂戴。逆の場合は、絶対私が止めてあげるから」
「……分かった。必ず止めるよ。俺の時は……そうだな、殴ってでも止めてくれ」
「そんなことできるわけないでしょ?蹴り飛ばすくらいならできるかもしれないけど」
「殴られるより痛そうだな……」
「ふふふ、冗談よ。アレク、私の心を助けてくれてありがとう」
もう悪役になる必要もないし、何かに縛られる必要もない。私は私らしく、自由に生きなければ。それがアレクの望みなら、そう生きる他ないわね。
……もしかして、これを狙ってたのかしら?
他でもない彼の望みなら私は無視することができない。結果的にもっと自分らしく生きてくれると……そこまで計算してたのかな?
そうだとしたらしてやられたわね。これからは本当に自由に生きなきゃじゃないの。
そして、もう身体の震えもすっかり消えていたので、アレクはようやく降ろしてくれたのだが、そこで気づいた。
微妙な形で支えられている柱を数名の野次馬達が取り囲み、揃ってスマホを取り出していた。事故だと気づいて電話で警察を呼んでいる人もいれば、写真を撮る者もいた。
その中の一人が私達を指差し叫んだ。この二人は写真に写っていないと。一人は本来であれば死んでいるはずの人間、もう一人は無理やり異世界へやって来た人間。普通のスマホのカメラに写るはずもなかった。
初めて見る機械と、謎の視線集中に驚くアレクを引っ張り、私はその場を去った。
塗装が少し剥がれてしまっている、赤い屋根の目立つ家……そう、私の家に着くと、鞄から鍵を取り出す。鍵を差し込み、ドアノブをひねるだけで、懐かしさがこみ上げてくる。
「ここが……リティの家か……」
「そうよ。早くあがって。」
アレクは初めて見る家、そして家具に心底驚いたようであった。そこから靴を脱ぎ、全ての部屋を探し回ったが、いるはずの母親はどこにも見当たらなかった。
「お母さん留守なのかな……」
休みのはずだが、一応仕事場まで探しに行くとなると流石に骨が折れる。探し回ってる内に、異世界から来たアレクがこの世界に留まりすぎて帰れなくなってしまったなんてことになったら本気で笑えない。
「……いないのか?」
「えぇ……そうみたい。ごめんなさい、ここまでついてきてもらったのに」
「それは別に構わないけど……どんな人か見てみたかったな」
「私も会わせたかったわ……」
あの時はあまりにも突然死んじゃったから何も伝えられなかったのよね。そんなに愛情は貰えなかったけど、ここまで育ててくれたのは本当だからお礼を言おうと思っていたのに。
まぁでも、私に会って話しても特に何も変わらないかな……。
「……仕方ないわ。もう行きましょう。そんなに長居もしてられないでしょ」
「でも……」
「いいの。この世界に未練なんかないし、お母さんだって私に会わなくてもなんとも思わないわ。急に死んだ娘が帰ってきても怖いだけよ」
「そんなことないだろ。リティに会えたらお母さんも嬉しいはずだ」
「……あのね、リティシアのお母さんとは違うのよ?私のお母さんはそんな愛情溢れる人じゃないの。嬉しいなんて絶対思わないわ」
「そんなことない。絶対嬉しいと思う」
「なんなのよその自信は……」
アレク自身がお母さんに愛されて育った…ならこの言い分も分かるんだけど、あの皇后の様子を見る限り優しさより厳しさを取って育ててきたと思うのよね。それなのにどうして母が娘に会ったら嬉しいと思えるのかしら……。
アレクの謎の自信に戸惑いながらも、いつまでもこうしているわけにはいかないので、家を出ようとドアノブに手をかける。するとひとりでにドアノブがカチャリと動いた。
「あれ?私鍵かけないで出かけちゃった?」
鍵のかかっていない扉に困惑するその人の姿には見覚えがあった。私によく似た髪と瞳。正確には、私がその人に似たのだ。
「お母さん……!」
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