第241話 もう一度、あの夢を

「……それは、どういう……だって、私は貴方のことなんて……」


彼女はその言葉に更に困惑した様子を見せるが、俺はただ黙って寂しげに微笑むことしかできなかった。


このまま彼女と別れても後悔しないように…何かしておくべきことはないだろうか。

俺は少し考え込むと、とあることを思い出し、ポケットから輝くネックレスを取り出した。


「……そうだ、これ……」


「…これは……。あぁ……さっき光ってたのはそれだったんですね。この綺麗なネックレスがどうしたんです…?」


彼女は未だ困惑気味な表情を浮かべながら、そうこちらに問うてくる。


実は、ほんの少しだけ期待していた。ネックレスを見せれば記憶は蘇るかもしれないと。これでも無理ならば……もう打つ手など残っていない。


目に見える彼女との思い出を、手放したくない思いと、手放したい思いが一気に駆け巡る。やがて俺は決意を固め、彼女の手の平にネックレスをゆっくりと乗せた。


「これは……次に愛した人に渡してほしいと言われたけど……そんな人はいない。俺にはこの先もリティしかいないんだ。だから……このネックレスは返すよ」


彼女は渡されるがままにそれを受け取ると、こちらを見上げてくる。不思議そうなその表情と、かつての彼女の姿が重なった。


これが、最後か。初めから出会わなければよかった。お前らしくないと言われたこの言葉だけど、あながち間違いではなかったのかもしれない。


一度手に入れてしまった幸せを、手放すくらいなら初めから知らなければいい……。

きっとそれが正しいんだ。


「それじゃぁ……今までありがとう。ずっと意味不明なこと言ってごめんな。君の幸せを…ずっと祈ってるよ」


彼女に背を向け、ゆっくりと歩き出す。そんな俺を見て、暫く呆然としていた彼女が、こちらに腕を伸ばし、突如声をあげる。


「待っ……くしゅんっ」


引き留めようとした声がくしゃみへと変わり、俺はそこで彼女が全く平気ではなかったことに気づく。彼女の言った通り殆ど服は乾いていたので完全に油断していた。


「あ……気が利かなくてごめん。これは返さなくていいから」


振り返り、彼女に自分の上着を被せると驚いたようにこちらを見つめてくる。


あの時…パーティの時、顔も知らぬ令嬢を助け、寒いバルコニーで夜空を見上げていた彼女の姿が蘇る。身体はすっかり冷え切っていたのに大丈夫と冷たく跳ね除ける彼女は、とても懐かしい。


「じゃぁ…またな」


今度こそ別れを決心し、背を向ける。


彼女の視線を感じたが、気づかないふりをして歩き出す。振り向けば、手を伸ばせばすぐに届く距離にいるのに、それはできない。この場を去ることができなくなる前に、さっさと消えよう。そう決意した、その時。


「……ね」


彼女の口から言葉が発せられた。思わず振り向くと、すぐに気づいた。彼女の手に握られたネックレスが何故か光り輝いていることに。


「バカね…こんなところまで私を追いかけてくるなんて」


「……えっ?」


そう言って彼女はこちらへ真っ直ぐと駆けてくる。自身にかけられた上着を走りながら取ると、俺の肩へふわりとかけた。


まさか。まさかそんなことが……?


彼女は光り輝くネックレスを手にしたまま、俺の首に手を回し、強く抱きしめてくる。訳も分からず反射的に抱き返すと、彼女の口からふふっ、という笑い声が聞こえてきた。


「しかも折角来たのに諦めるなんて。…バカにもほどがあるわよ」


驚いて固まる俺を見ると、彼女はあの優しい笑顔で微笑んだ。その瞳に、敵意も、混乱も、宿ってはいなかった。


「…また会えて嬉しいわ。迎えに来てくれてありがとう、アレク」


ようやく、ようやく理解し始めた。

この人こそが、俺がずっと探し求めていた人物。例え何百年経とうと変わらないこの気持ちをくれた人。護りたかった人だ。会えた。やっと……俺がここまで来たのは、無駄じゃなかったんだ。


あまりの感動に言葉も出せずにいると、微笑んでいたリティは突然驚いたような表情に変わる。


「えっ…泣いてるの?ちょっと、泣かないでよ。私なんかのために泣く必要ないわ」


彼女はそう言って俺から零れ落ちる涙を指で拭う。全く気づかなかったのだが、いつの間にか涙が出ていたらしかった。


「……自分を卑下するような言い方はするな……リティ」


「…そうね。ごめんなさい。というか貴方は…この姿でも私をそう呼んでくれるのね。さっき私の名前を知ったはずなのに」


「……あぁ、天宮莉茶さん……」


「えっ、嫌ね、貴方の口からそれを聞くの…物凄く違和感だわ。今すぐやめて」


「分かった、ごめん……」


「そうやってすぐ私の言うことを受け入れて謝ったりしなくていいのよ。貴方はなんにも悪くないんだから」


「…なんにもではないだろ?」


「あら、分かってないのね。私は貴方が魔王とか悪役だったとしても、貴方はなんにも悪くないって言うわよ?」


「…!?はは、随分とんでもない意見だな」


「だって、私をここまで迎えに来てくれた貴方に…悪いなんて言えるわけないでしょ?」


リティはくすくすと本当に嬉しそうに微笑む。この笑顔がこの先もずっと見られるならば……本当に魔王でも悪役でもなんだっていいな。


「…来て。貴方に会わせたい人がいるの」


彼女は俺の首からすっと腕を外すと、真剣な眼差しで呟いた。



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