第239話 似ている

「……アマミヤ…リサ?」


それがリティの前世の…元いた世界での名前なのか、それともただの人違いなのか……?

仮に彼女がネックレスの示した通りリティだったとしても…肝心の記憶がないらしい。とりあえずもう少し話をしてみよう。


「そうです。私はリティなんて名前ではありません」


彼女は再び自分がリティではないことを強く主張した。なんと返そうか言葉に困っていると、彼女の方がもう一度口を開いた。


「というかリティって……リティシア=ブロンドの愛称みたいじゃないですか」


彼女の口から紡がれたその言葉に思わず目を見開く。まさか記憶のないはずの彼女からその言葉が飛び出すとは。それがかつて自分の名前であったことなど知らない彼女は、機嫌が悪そうに眉を顰めた。


「……その名前を知ってるんだな」


「そりゃぁ知ってますよ。私の読んでる小説の悪役令嬢ですから」


そうだ。彼女にとってリティシアはただの小説のキャラで…他でもない、俺自身だってそうだ。


俺と彼女は、本来ならば永遠に関わることのない存在。神様のような視点で物語を追う読者と、ただ作者の決められた通りに動く小説のキャラクター…。


かつて彼女がリティシア=ブロンドだったことを証明する術などどこにもない。言ったところで理解してくれる保証はない。


どうすればいい。どうするのが正解なんだ。本人に聞きたいのに、聞けない。目の前の彼女は最早あの頃の彼女ではないのだから。


複雑な表情で視線を落とすと、彼女はこちらを興味深そうにじっと見つめた。


「……ところで、さっきからずっと思ってたんですけど……その青い髪と水色の瞳はわざと、ではないですよね?」


「……?」


「似てるんですよ。私の……大好きなキャラクターに。」


「……キャラクター?」


その言葉に俺は驚いて顔をあげる。

違う、彼女が言っているのは俺じゃない。俺であって俺ではない、ただの小説のキャラクター。それなのに、彼女の中に俺の存在がまだあったのかと思うと、それだけで来た甲斐があったように思えた。


どうやら彼女はそれ以上の言葉を発することができない俺を見て、その先の言葉を促してると取ったらしい。柔らかく優しい表情で彼女はゆっくりと話し始める。


「そうです。そのキャラクターは誰に対しても優しくて……世界で一番かっこいい人なんです。貴方のその髪も、瞳も…困っている人を助けてくれる性格も、よく似ています。本当に彼がこの世界に存在したなら、そんな格好だったのかも。凄く…かっこよくて素敵ですね」


その紡がれた言葉に、再び俺は目を見開き、言葉を失ってしまう。


ああ、この子は……記憶がなくても俺を褒めてくれるんだな。


今は記憶の中だけにすぎない彼女を思い出し、なんとも複雑な気持ちになってしまったが、とりあえず、今の会話で確信ができた。


俺と同じ髪に同じ瞳を持つ小説のキャラクターを好いていて、誰かに嫌がらせをされても凛とした態度を崩さないあの姿……姿は違えど、この子はリティに違いない。記憶がないのは大幅な誤算だったが、どうにか見つけることはできた。


だが、どうやって記憶を呼び戻すか……そこまで考えた時、彼女の手が突然こちらに伸びてきた。


「えっ」


「本当にこの髪もよく似てる……この世界にこんなに綺麗な髪の人が存在するなんて知らなかったわ……」


彼女はこちらにギリギリまで近づくと、俺の髪に触れ、じっくり観察するように眺めている。完全に距離感がおかしいことに全く気づいていない。


「えっと…リティ……じゃなかった天宮…さん?」


俺が声をかけると、彼女ははっとしたように目を見開く。そして手を引くと、元の位置へと下がった。


「あぁ、ごめんなさい。初対面なのにこんなことしちゃって……でもなんだか、貴方とは初めて会った気がしないんですよね」


「え……」


「近くで見ても素敵な髪ですね。その瞳もとても澄んでいて綺麗です。」


「えっと………ありがとう」


急な接近に加えて突然の褒め攻撃に俺はどうしていいか分からず戸惑ってしまう。無意識に耳の後ろに手をやると、彼女は驚いたようにこちらを見つめた。


「あら?貴方のその癖……小説で書いてあったアレクの癖と同じですね。照れると耳を触るその可愛い癖……」


「……可愛い?」


「はい。最高に可愛いです。…そういえばまだ貴方のお名前を聞いていませんでしたよね。お名前をお聞きしてもいいですか?」


彼女が突然そう呟くので、俺は一瞬、迷った。


…本当のことを答えるべきか?信じてくれるのか?


色々な考えが頭を巡ったが、結論は全て同じだった。俺は真っ直ぐ彼女の瞳を見る。あの時の…リティの目と同じ、優しい瞳だった。


「俺はアレクシス=エトワール。君が読んでいる小説の…登場人物だ。まぁちょっと…小説とは違う道を進んでしまっているけど。」


まさかその名が飛び出てくるとは思っていなかったらしい彼女は、今までで一番驚いた表情をこちらに向ける。一瞬、言葉を失っていた。


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