第238話 懐かしい

走り続ける少女の跡を追って体育館裏らしき場所に着くと、証言通り、三人の生徒の姿が見えた。


一人は何故か全身ずぶ濡れで、スカートから水が滴り落ちている。後の二人の内の一人は何やらずぶ濡れの女子を責め立てているようであった。


そして上に目を向ければ体育館裏についた小さな窓から腕を引く様子が見えた。その手にはバケツが握られている。状況が一瞬で分かった。


「あの子達、何を……」


俺はこういう理不尽な状況が大嫌いなので、反射的に身体が動いていた。手を前に差し出すと小さく呪文を唱える。この世界でも通用するのか疑問だったがやってみなくては気が済まない。


「もう一度水をかけてやる!反省するまで何度でもね!後悔しても遅いんだから!」


その声が聞こえる頃には既に魔法が発動していた。水の魔法は見事に彼女のその先の言葉の一部を遮り、彼女は嫌悪感を顕にしていた。


俺はまだこちらに気づいていない彼らとゆっくりと距離を縮めると、「お前達、そこで何をしているんだ?」と低い声で告げる。


弾かれたようにこちらを見る彼らと目が合った。その内の一人からは何故か懐かしい感じがした。


「な、何よあんた……」


魔法の餌食となった少女がこちらを睨みつけながら声をあげる。決めつけで魔法を使ってしまったが正しかったのだろうか。


「イケメンさん!」


「げっ、生徒会長!?」


走ってくる少女の姿に驚いたらしい彼女は、もう一人の影に隠れるようにしてこちらを覗いている。


「イケメンさん……今何したんですか?……ってそんなことより!また貴女達なのね!」


腰に手を当てて生徒会長が怒りを顕にすると、叱られた少女はビクッと肩を震わせる。


生徒会長というのはよく分からないが普通の生徒よりは偉い職業なのかもしれない。正義感が強い理由がここで分かった。


「こんなところで何してるの!まさかその子をいじめてたんじゃないでしょうね!」


「いや〜だって生意気だから……」


「大事な同級生に向かってそんなこと言わないの!…貴女もちゃんとその子を止めなさい!黙って見てるのは同罪よ。」


「すみません……」


生徒会長とその友達は二人の腕を掴み、そのまま連行していってしまう。俺がすることは最早何もないようであった。


「この子達は私達が責任を持って連れていきますので、どうかあの子をお願いします。…探し人が見つかることを祈ってます!…ほら、さっさと歩きなさい!」


生徒会長は申し訳無さそうにこちらに頭を下げてくる。その隣で連行されている生徒がいかにも怠そうな声を発する。


「ね〜そんなことより寒いから先に着替えてもいい?」


「甘えないの!あの子だって濡れてるのに我慢してるでしょ!……まさかあの子には貴女が?」


「いやー……」


「……よく分かりました。先生に報告する必要があるわね。さぁ、行くわよ!」


「ええ!?ちょ、ちょっと待っ……」


「イケメンさん、本当にすみませんがその子をお願いします!では!」


もう一度念押しでそう言葉を残すと、彼女達は元来た道に消えていった。生徒会長のような人がいれば、悪いことをする人もいずれいなくなるだろう。ああいう人は本当に大事なんだなと改めて思った。


…あぁ、やる事があったんだった。


「……大丈夫か?」


どこか懐かしい雰囲気を漂わせる少女にそう声をかける。敬語で話しかけるつもりだったのだが、何故か飛び出た言葉が異なっていた。


「はい……ありがとうございます。」


ずぶ濡れの少女にハンカチを差し出すと、「大丈夫です、本当に」と拒否されてしまう。しかしこのまま放置すれば風邪を引いてしまう。


「今日は暑いのですぐ乾きますよ。心配してくれてありがとうございます」


少女の笑顔はどこか寂しそうだった。


「そう……か。またあの子達に絡まれたら俺に言ってくれ。絶対に助けるから。生徒会長達も君の力になってくれるよ」


「ありがとうございます。でも本当に大丈夫ですよ。そんなに気にかけて頂かなくても…」


少女はそこまで話すと突然言葉を止める。そしてある一点を凝視しているので、俺はどうしたのかと疑問に思う。


「あの、ポケットが凄い光ってますけど大丈夫ですか?一体何が入ってるんです?」


彼女にそう指摘され、俺はリティのネックレスをポケットに入れたまま持ってきてしまっていたのを思い出す。このネックレスは魔法が込められていないはずなのに、何故か彼女に繋がる手がかりをくれていた。


……ということは?


「……まさか。」


この一緒にいると落ち着く安心感、どこか漂う懐かしさ……。目の前の少女は記憶の中の少女と全く異なっているが、俺は思わず口にしていた。


「………リティ?リティなのか?」


少女はその言葉に驚いたように目を見開く。もしかしたらという淡い期待を込めて俺は彼女を見つめる。しかし彼女は首を傾げるのみであった。


「……リティ?いえ……私はそんな名前じゃないですよ。天宮……莉茶。そう、天宮莉茶よ」

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