第228話 かつての婚約者
「……リティシア嬢。勝手に部屋に入ったことは悪かった。謝罪しよう。だが二人への侮辱は見逃せな…」
「貴方は許してあげるって言ったでしょう?それにしても無断で部屋に入るなんて……ようやく私とよりを戻す気になったのね?」
悪女は俺の言葉を遮ると、ベッドから立ち上がった。腕を組み、こちらを見下す様はあの時の…リティと出会う前の彼女そのものだった。
彼女はイサベル、グレンの横を素通りしたかと思うと、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。イサベルの時と違って攻撃をする素振りを見せなかったので、ひとまず様子を見ることにした。
「この女なんかより、私の方がずっと優れているでしょう?地位も、容姿も…何もかも全て。あの時私を裏切ってイサベルを連れて出ていったことも、全部許してあげる。だから私を皇后にしなさい」
彼女の堂々たる言いっぷりを見て、俺は悟った。自分のことしか考えず、自信過剰な彼女は…決して皇后に相応しくはないと。
例えリティやイサベルが現れなくとも、この女とはいずれ別れていたことだろう。彼女が皇后になることなど…俺だけではない、国民全員が許さなかったはずだから。
それに、俺とよりを戻したいと言っておきながら、結局は皇后という座を手に入れるために利用しようとしているだけだ。
どこまでも欲深き女を目の前にして…彼女にこれっぽっちの情も残っていないことに気がついた。
…まぁ元々、そんなものはないに等しかったが。
「…皇后になるのは、お前じゃない。皇后になる人はきっと……その立場が皇后じゃなくなったとしても、変わらず側にいてくれる。俺が選ぶのはお前なんかじゃない」
「……あっそう。貴方にそう言わせるほどこの女が魅力的って訳?意味分かんないわ。この子はただの薄汚い平民じゃない」
「イサベルを馬鹿にするのはやめろ。それに…イサベルじゃない。別の人だ」
「別の人……?なにそれどういうこと?」
悪女は自信たっぷりなその表情を崩すと、驚いたように目を見開く。中身が違うと分かっているのにリティと姿が重なってしまい、俺はなんとも言えない気持ちになった。
そして誰も、リティのことを語ろうとはしなかった。それが最善だと、理解していたからだ。
「……あーそう。分かったわ。黙っておくつもりなのね。いいわ。なら私は私の復讐に集中する。イサベル!貴女を殺すまで私は何度でも蘇ってやるわ!」
再び悪女が炎を手に宿そうとしたが、俺がそれより早く呪文を唱え、彼女の身柄を拘束する。リティが悲しむような真似を、彼女の身体でさせたくはない。
水のリングに囲まれ、身動きが取れなくなった彼女はこちらを強く睨みつけた。
「何するのよアレク!貴方も殺されたいの!?」
「……リティシア嬢、お前は何も変わってないんだな」
「貴方こそ何も変わってないわ。イサベルといい、他の女といい……私という婚約者がいるにも関わらずすぐに目移りしてたじゃない!王子だからって何でも許されると思うんじゃないわよ!」
悪女はそう感情のままに大声で叫ぶと、肩で息をする。自分が悪いという可能性など、微塵も考えていないようであった。彼女は清々しいほどに…昔のままだ。
「アレクはそんなこと……!」
「…グレン、落ち着いて」
「だけど……」
「失礼ですがリティシア様、過去の殿下はリティシア様としっかり別れた後に私と結婚したのではありませんか?殿下は婚約者がいる状態で浮気をするようなお方ではありませんよ」
憤慨するグレンの横で、真っ直ぐ彼女を見つめて呟いたのはイサベルだった。その曇一つない瞳を見た悪女は、心底迷惑そうに顔をしかめた。
「…イサベル。あんたって本当につまらないところに気づくわよね。例え嘘でもそれをあたかも本当であるかのように作り上げれば本当と変わりないのよ。これでアレクが少しでも罪悪感を感じてくれたら私は皇后になれたかもしれないのに……やってくれたわねこの馬鹿女」
過去の自分が何をしたのか分からない故に、下手に反抗ができなかったが、彼女の様子を見る限りただの作り話だったようだ。
グレンは今にも攻撃を仕掛けそうだったから止めたのだが、イサベルは凛とした態度で声をかけたので止める必要はないと判断した。
彼女は冷静に、一瞬にして嘘を見抜いた。もしかしたらこの態度が、悪女に嫌われる要因にもなっていたのかもしれない。
一触即発の空気が漂う中、唐突に扉をノックする音が響いた。続いて侍女らしき人の声がした。
「お嬢様、今日こそはお食事を取って頂かないと……」
言いながら彼女は扉を開く。開くと思っていなかったらしい彼女はまず開いた扉に驚き、続いてこの現状に驚いていた。俺と悪女を交互に見ると、「なっ、で、殿下!?お嬢様になんてことをしてるんですか!」と声をあげた。
…確かにこの状況だけ見たら俺が悪者だと勘違いされるなと思った。
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