第227話 悪女
「教えてあげるわ。皇后に必要なのはね、愛とか、優しさとかそんなくだらないことじゃない。身分よ。貴族としての身分なの。貴女じゃ絶対に無理ってこと」
彼女の瞳にいつもの優しい光は宿っていなかった。彼女はイサベルに詰め寄ると、悪魔のように恐ろしい表情を浮かべる。
「また会えてとっても嬉しいわ……。あの時私を貴女の覚醒した魔力で簡単に殺してくれたわよね。その上図々しく私からアレクまで奪って……。是非そのお返しをしなきゃね」
「い、一体何の話ですか?私はそんなこと……」
イサベルは困惑し、彼女から離れようとする。だが彼女はその手を強く掴んだ。まるで逃さない、とでも言うように。
彼女の瞳には、最早イサベルしか映っていなかった。
「そうね。貴女も、アレクも、誰一人覚えてないでしょうね……。いいわ。全部話してあげる」
そこにいる彼女は明らかに「リティ」ではなかった。彼女の瞳がこんなに冷たいはずはない。例え冷たい演技をしていても、心は変わらず優しかった彼女は、そこにはいなかった。
かつての記憶が蘇る。
悪女と呼ばれた……リティシア=ブロンドの姿が。
「……私はあの日、史上最悪の悪女だと罵られ、牢屋へ放り込まれた。それでも命からがら逃げ出した。魔力のない平民如きに私が負けるはずないって本気で信じてたから。全てを取り返せるって信じてたわ。それなのに貴女は……信じられないほどの魔力を覚醒して、私を殺した」
これはもしかしたら小説本来のストーリーなのだろうか。悪役令嬢であるリティシアはそれ相応の結末を迎えたということなのだろう。
だがそうだとしたらおかしい。
何故彼女がその記憶を持っているのか。
リティがストーリーを変えた今、そもそも彼女の身にそれが起こることはない。それにリティとは違い、小説の記憶を一切持たないはずだ。それなのに彼女は、何故未来を知っている?
皆の視線を一同に受けながら、彼女は呟いた。
「命も、アレクも、地位も何もかも全てを奪われたあの時……私は強く願ったの。もう一度過去に戻って……」
そして彼女は悲しそうな顔で俯いたかと思うと、ゆっくりと顔をあげた。その顔に、思わずぞっとした。
「全てを奪った貴女に……復讐してやりたいってね!」
それは紛れもなく、悪役の顔だった。
「
その途端、悪女の手に炎が浮かび上がった。何をする気か、彼女の目を見れば分かった。驚いて反応が遅れたイサベルに俺とグレンは慌てて叫ぶ。
「イサベル!下がれ!」
「イサベルさん!」
俺達が反撃をしようと手に魔力を込めたが、その必要はなかった。イサベルを纏う眩い光が悪女の炎を消し去ったのである。魔法を弾かれた悪女は、悔しそうに顔を歪める。
「ッ……光の魔法?貴女まさか覚醒したの?一体どうやって……。そう。私が覚えていないこの白紙の時間に…何かがあったのね?まぁいいわ。」
……光の魔法?なるほど、イサベルが発動した力が光の魔法ならば……対となる闇の魔法を打ち破ったというのも頷ける。
彼女が目覚めたのは間違いなくイサベルの力だが、肝心の中身が変わってしまっているということか。
…全てを奪われた彼女はイサベルに復讐することを願い過去へと戻ったと言っていた。その蘇った後の空白の時間に何かの手違いでリティの魂が彼女の身体に入っていたということだろう。
だが闇の魔法を使ったことで、リティの魂は身体の外へ追いやられ、代わりに本物の魂が入り込んで再び蘇ったのだとしたら……彼女はただの小説の悪女だということだ。
イサベルに殺され、ただ彼女への復讐心を燃やす、本物の…悪役令嬢なのだ。
「貴女のその可愛らしい顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいってずっと思っていたのよ。ねぇ、あの時よりもっと楽しいことをしましょう?これからじっくりと……可愛がってあげるわ」
彼女はイサベルの首に手を当て、無理やり上へあげ、自分と視線を合わせそう呟いた。イサベルはそのあまりの恐怖に完全に動きが固まってしまった。
一番近くにいたグレンが強制的にイサベルを引き離し強く睨みつける。
もうこの場にいる全員が気づいたようだ。蘇った人物が、別人であるという事実に。
悪女はグレンにターゲットを移した。
「あら……貴方見たことあるわね。誰だったかしら?」
「……貴女に名を名乗りたくはありません」
「ふぅん?随分生意気なのね。名乗りたくないなら思い出してあげる。どこかで見たことがあるもの……あぁ、そうだ、思い出したわ」
悪女は耳障りな笑い声をあげると、グレンを指差し呟いた。
「貴方、アレクの犬ね」
その発言に、グレンの目が大きく見開かれた。それは俺も、イサベルも同様であった。
……犬?
「平民のくせに生意気にも騎士団長まで登り詰めたと噂のアーグレン=ベルハルトでしょ。よーく知ってるわよ。アレクの力なしじゃ騎士になるどころか生き延びることすら危うかった卑しい平民。アレクがいなきゃ何もできないただの忠犬。そうでしょ?」
中身が違うと気づいていたが、彼女の口からその発言を聞くのは辛かった。俺の親友を、俺の恋人の見た目をした人物が嘲笑ったのだから。
これ以上黙ってはいられない、反論しようと口を開いたその時、悪女が言葉を続けた。
「貴方もその女と同じ。卑しい平民がこの部屋に入るなんて私は許した覚えはないわよ。でも……アレク、貴方ならいくらでも許してあげる」
悪女は俺を見つめて微笑んだ。その微笑みに愛など微塵も感じられなかった。
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