第226話 秘められし力

何も言わずに手紙を見つめる俺を見て、グレンが呟いた。


「公女様は…わざと炎の結界を張ったんだな。…壊してほしかったんだ。アレクに。お前に一番最初に見つけてほしかったんだろう」


「……」


自身のベッドで安らかな表情で眠り続ける彼女、そして涙の跡が滲む俺宛の手紙。

そんな風にさせたくなかった。なんとしてでも避けたかった。だからあの時迷わず飛び込んだのに。


自分なんてどうなってもよかった。本当にそれでよかったんだ。


誰かを護る為に、命を捨てる。きっと同じ考えだ。同じだからこそ、よく理解ができた。


だから、この事実を受け入れろって?

ふざけるな。こんなの絶対に認めない。どうすれば戻ってくる?


もう一度崖から飛び降りるか?

自ら命を断つか?


なんでもいい。なんでもする。帰ってくるのなら。もう一度俺の名前を呼んでくれるのならば。例えその声を聞けなくてもいい。

誰よりも幸せになってほしいんだ。


リティが俺にそう願ってくれたように、俺も心から思っているのに。


俺は膝から崩れ落ち、項垂れる。受け入れ難い現実が、俺の感情をゆっくりと、だが確実に破壊していく。


「こんな結末になるのなら……初めから好きになんかなるんじゃなかった。出会うべきじゃなかった。……ごめん。俺のせいで。ごめん……ごめんな……」


護りたかった命が自分のせいで消え失せてしまった。大切な人一人護れないのならば、この地位も、金も、命すらも、何もかもが無意味だ。


あぁ、何故俺が、俺だけが生き残ってしまったのだろう。


「……あの時。あの時リティがこの本を見つけなければ……今頃は前を向いて生きていてくれたのだろうか。俺のことなんて忘れて…」


「…殿下!リティ様が殿下のことを忘れると……簡単に諦めると本気でお思いですか!?リティ様がどれだけ殿下を愛していたと思っているのですか!」


イサベルが声を荒らげ、俺を見据える。大粒の涙を浮かべているのに、その顔には怒りの表情を浮かべていた。まさか彼女に叱られると思っていなかった俺は何度も瞬きをしてしまう。


「……アレク。」


グレンが俺の肩を軽く叩いた。


「リティシア公女様も、お前も、よく似ている。優しいだけじゃない。…頑固なんだよ。きっとお互いが危機に陥れば迷いなく命を捨てる。何度でも。誰に何を言われようと聞かないだろうな。」


「…グレン」


「でも私は、そんなお前と、公女様が好きだ。大切な誰かの為に命を捨てる。…そんな優しい主二人を慕わない訳がない。どうか自分を責めないでくれ。私は二人を…心から誇りに思っているから」


出会ったことを後悔するなんてお前らしくない。そう言われているような気がした。


確かにそうだ。過去をどれだけ後悔しようと今は変わらない。大事なのは、これからどうするかだ。


「リティ様は、殿下を諦めませんでした。だから私もリティ様を諦めません!」


その流れだと諦めるなと言われるのかと思っていた俺は予想外の展開に「えっ」と声が漏れる。


「一度殿下はリティ様の命を護りました。今度は私が救う番です。大切な主の命を…再び!」


イサベルはそう叫び、リティの手を握ると強く祈った。だが闇の魔法という究極の手段すら使えない今、どうやって彼女を呼び戻すというのだろうか…。


そう思ったその瞬間、彼女の手が淡く光り始めた。その光は次第に広がっていき、あまりの眩さに目を開けていられなくなる。


かつてリティがここは小説の世界で、イサベルは主人公だと言っていた。そう。物語の主人公にはいつだって……周りを驚かせる力がある。


魔力を微塵ももたぬ少女であったはずの彼女の身体からは、肌で感じられるほどの魔力が溢れ出ている。それは炎でもなく、水でもなく、見たことのない属性だと直感的に感じた。


やがてその光が収まり、目を開けると、奇跡が起きた。眠り続けていたはずの彼女が目を開き、こちらをぼうっとした眼差しで眺めていたのである。


「リティ様……!よかったです!私の祈りが通じたんですね!」


闇の魔法で失った命すらも呼び戻す、彼女の力とは一体…?


魔力覚醒だけに留まらず、見たこともない力を発したイサベルに驚きを隠せなかったが、今はそれどころではない。


「公女様!」


「リ……」


彼女の名を呼ぼうとしたその時、違和感を感じた。彼女が俺を見つめる眼差しに、懐かしさも愛しさも……何も感じなかったのである。だがこの感覚を知っている。俺は確かにこの視線を受けたことがある。


彼女は口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「あら……公爵令嬢の部屋に勝手に入るなんて何様のつもり?」


酷く冷たい声を放つと、彼女はイサベルの手を無造作にはねのけ、大きくのびをする。


「あぁ…なんだかずっと寝ていた気分だわ。ここ最近の記憶が完全に消えているなんて…こんな不思議なことが起こるものなのね。」


違う。何かが違う。そう感じた。

二人の表情は強張っていた。


「どうしたのイサベル」


「あ、あの……リティ……様?」


彼女は不安そうな声を発したイサベルに向けて微笑んだ。


「どうしてまだ生きてるのかって聞いてるのよ。貴女みたいな平民、生きているだけ無駄だわ。さっさと消えたら?」


「……え?」

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