第225話 彼女の手紙

「…まず、どうやって貴方を助けたか疑問に思っただろうから教えてあげる。あの時アルターニャ王女の城で貰った、黒表紙に白紙の怪しい本…そう、きっとそこらへんに落ちているでしょ?その本よ。その本を使ったの」


文面通り、イサベルから一番近い位置に黒い本が落ちていた。彼女に伝えると、彼女はそれをしゃがんで拾い上げる。


「文字が……書いてありますね。えっと、失われた魔法について……?」


失われた魔法……?まさかそれは…。


「驚いた?謎の白紙の本は…闇の魔法についての本だったのよ。ツヴァイト殿下がきっと役に立つって言ってたけど…まさか本当に役に立つとは思っていなかったわ。あの人は天才なのね。白紙の本に突然文字が浮かび上がることすら予想の内だったんじゃないかしら?」


白紙の本に突然文字が浮かび上がるなんて…そんなことが果たしてあり得るのか?


イサベルの方に目を向けると、彼女は必死に読み進めようと本を眺めていたが、どうやら読めない文字が出てきてしまったらしく、目を細めていた。


「イサベルさん、貸して下さい」


見兼ねたグレンが彼女から本を受け取ると、代わりに読み進める。もしかしたら彼女は、大した教育を受けられなかったのかもしれない。後で文字を教えてあげなければ。


「すみませんアーグレン様……あの、この文字だけ読めないんです。なんでしょう?これ」


グレンは、文字を目にした途端に眉を顰めた。


「……イサベルさん、これは……すみません。私にも読めません。」


「……なんだって?グレンも読めないのか?」


出会った当時、ちゃんとした教育を受けられずにいたグレンは、文字が一切読めなかった。


そんな事情を知った俺は一緒に授業を受けさせてくれと父さんに頼み込んだが、王族と平民が同じ場で学ぶなんてと猛反対をされてしまった。仕方がないので自分が教師となり、彼に文字を教えていたのである。


大抵の文字は教えたし、彼も覚えが早かったので、読めない文字の方が少ないと言っても過言ではない。


…そんな彼ですら読めない文字とは一体なんなのか。


「きっと貴方達ならすぐに読めない文字を見つけたわね?アーグレンやイサベルには恐らく読めないはず。その文字は、魔法使用者と魔法を使われた者…つまりその魔法で蘇った者にしか読めないのよ。重要な部分だけそういう魔法がかけられているの。…秘密を守るためにね」


試しに二人が読めなかったと主張した部分を読んでみた。習ったことも、見たこともない文字だったが自然と脳内に意味が浮かび上がってきた。


「死んだ人間を……再びこの世に呼び戻す方法……」


そのページには、闇の魔法を使用し強引にこの世に人を蘇らせる、禁断の魔法の詳細が書かれていた。


「この魔法を使った者は、対価として命を失う。この魔法によって失われた命が、再び闇の魔法で蘇ることはない。いかなる権力者、魔力保持者であろうとも、この魔法を使用すれば死は免れない。それでも使いたいと願うのならば、続きを読むがいい。愚かなる願望者よ。私はいつでもそなたを歓迎しよう」


その先は、読めなかった。読む気がしなかった。思わず目を背けると、リティの手紙が目に入る。


「私がこの世界に転生した意味を……私は今までずっと考えてきたわ。何度考えようと、どこで考えようと……いつだって結論は貴方を幸せにするためだった。だから貴方が私のために命を失うようなことは決してあってはならないの。貴方には誰よりも幸せになってほしい。生きていてほしい。立派な王様になって、世界を導いて頂戴。それが私の願い。私の幸せなのよ」


今までなんてことないかのように丁寧に書かれていたはずの文字が、震えていた。


「ねぇ、この手紙が入っていた引き出しのもう一つ下を開けてみて。」


言われた通りもう一つ下の引き出しを開くと、そこには光輝く赤い宝石があった。


「このネックレスはお返しするわ。貴方が次に愛した人に渡して頂戴。…大丈夫よ。その子を恨んだりなんかしないわ。安心して。私はもう悪役令嬢なんかじゃないからね。」


……次に愛した人?そんなの……いる訳ないのに。


「全く……私が貴方を失ってどれだけ悲しんだか分かってるの?貴方もその苦しみを存分に味わえばいいわ。……なんてね。そんなこと少しも思ってないわよ。ごめんね。だって寂しいじゃない。私に黙っていなくなっちゃうなんて」


…そうだな。こんな気持ちになるなんて知らなかった。残された者がどう思うのか……分かっていたつもりだったけど。俺もまだまだ考えが甘かったってことか…。


彼女の言葉一つ一つが深く胸に突き刺さるのを感じた。彼女はそこにいないのに、確かにそこに存在しているかのようにも…感じられる。


「束の間の幸せをありがとう。こんな私を好きになってくれてありがとう。伝えたいことはまだまだ沢山あるけれど、きりがないから終わりにするわね。最後にこれだけは伝えておきます。この先も、ずっと貴方を愛してる。だから貴方は幸せになって。この世界で一番の幸せを手に入れてね。そうじゃなきゃ…許さないわよ。またね、私の優しい王子様。……リティシアより」


その手紙の最後には、うっすらと涙の跡が滲んでいた。


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