第229話 手がかりを求めて
「殿下、お目覚めになられたようで本当に良かったです!お嬢様への魔法を今すぐに解いて下さい!いくら殿下でも許せませんよ!王様に訴えてやります!」
彼女の中で完全に悪者と化した俺を睨みつけると、無防備に悪女に近づいていこうとする。イサベルがすぐに止めようとするが、彼女は聞く耳を持たずに悪女の元へと向かった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「……えぇ大丈夫。それより丁度いいところに来たわ、ルナ。お願いしたいことがあるの」
「はい……?なんでしょう」
「あの二人を今すぐ追い出しなさい」
悪女が微笑んでそう呟くと、侍女は目を丸くし、何度も瞬きをする。悪女の視線はイサベル、そしてグレンに向いていた。
「えっと…殿下ではなく?」
「そうよ。平民如きが私の部屋にいるなんて許せないの。今すぐ追い出して」
「えぇっと……」
「どうしたの?まさか…私の言うことが聞けないとでも言うつもり?」
「いえですが…イサベルさんを公爵家の侍女になさったのはお嬢様ですし…アーグレンさんを護衛騎士にと決めたのもお嬢様ですよ?なのに突然二人を追い出……」
「なんですって!?確かに昔はイサベルを侍女にしたこともあったわ。でもこの男を護衛騎士にした覚えはないわ!どういうことなのよ!この空白の時間に一体何があったというの!?」
混乱して声を荒らげる悪女を困惑したように侍女が見つめている。そしてグレンは今がチャンスだと感じたのか、俺に耳打ちをしてきた。
「アレク、公女様の手紙とネックレスは見つからない場所に隠しておいたほうがいい。あの女、何をするか分からないからな」
予想もしていなかった悪女の復活に驚いたものの、無意識に手紙とネックレスは彼女から見えない位置に置いていた。だがここに置いておけばいずれ気づかれてしまうだろう。
見に覚えのない高級なネックレスの存在を知れば間違いなく売り飛ばすだろうし、手紙を見られたら一発で乗り移っていた他人の存在に気づいてしまう。
この二つの存在は、確かに知られてはならない。
色々考えた末に両方自分で持っておくことにした。これなら殺されない限り奪われることはないだろう。
「リティ様は、一体どこへ行ってしまわれたのでしょう……折角リティ様のお役に立てると思ったのに……こんなことになるなんて……。」
先程の態度とは打って変わって弱音を吐くイサベルの姿を見て、俺の脳内にとある場所が浮かび上がる。
魔法、剣術、その他一通りの教養は学んだが、身体から抜け出た魂がどこへ行くか、どうやって呼び戻すかなんて教えてくれるものは一つもなかった。だがそこへ行けば、もしかしたら教えてくれるかもしれない。
「……神殿……」
「……神殿?」
「あぁ。神殿にいる聖女様なら何か知っているかもしれない。随分昔だが、一度だけ会ったことがある。頼めば話を聞いてくれるはずだ。イサベルも、一緒に来てくれるか?」
「は、はい。勿論です!」
想定通り、イサベルは何度も頷いて了承してくれた。未知とも言える不思議な力である…光属性の彼女がいれば何かいい方向にことが進むかもしれない。今は全ての可能性に頼るしかない。
ただこれには問題がある。
蘇ってしまった悪女を放置して好き勝手やらせてしまえば、屋敷は混乱に陥ってしまうことだろう。誰かに暴走を止める役割を担ってもらわなければ……。
「私はここに残る。二人で神殿に行くんだ。いいな?」
グレンが俺の考えを即座に見抜き、そう呟いた。彼は悪女に視線を向けたまま「早く行け」と促してくる。いざとなればグレンには剣がある。ここは彼に任せるのが一番良い策のように思えた。
やはり頼れる味方は……あの時も、今この瞬間も、いつだって最高の親友だった。
「…グレン、ありがとう。行くぞイサベル!」
「はい!アーグレン様、どうかご無事で!」
時間はあまり残されていない。
悪女がリティの存在に気づく前に、彼女の評判を地に落とす前に…そして屋敷が破壊される前までにリティを連れ戻さなければ。
その時間を過ぎたら、彼女の心が傷つくだけだ。それだけはなんとしてでも避けねばならない。
悪女の水の鎖が外れぬように再び力を込めておいたが、いずれは破られてしまうだろう。その時はグレンに頼むとしよう。
侍女が俺を凄い目で見ていたが弁明する時間もないのでそのまま部屋を飛び出した。公爵や夫人の為にも早くリティを連れ戻さなければ。
……公爵や夫人の為に?
俺は思わず立ち止まった。
「どうしましたか?」
イサベルが不思議そうにこちらを見つめてくる。
「本来あの身体に入っているはずの魂はリティシア嬢だった……だからリティシア嬢こそが公爵と夫人の……二人の子供…ってことだよな」
「はい、そういうことになりますね」
「あの二人は……リティが戻ってくることを喜ぶだろうか……?」
「……そう……ですね……」
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