第223話 奇跡…?

【アレクシス】


何かを言いたげな彼にそう問いかけたが、彼は口を閉ざし、こちらから視線を逸らしてしまった。その状況から俺は察する。俺が眠っていた空白の時間に何かよくないことが起きたのだと。


「グレン、教えてくれ。俺がいない間に何が……」


「殿下……!」


突如飛び込んできたその声に驚き、声の方を向く。そこには扉を開き、目を見開いてこちらを見るイサベルの姿があった。


「よ、よかったです!よかった…やっぱり、殿下は亡くなってなんかいなかったんですね……!またお会いできて本当に嬉しいです……」


グレンの隣に座り、俺の手を両手で掴むと、彼女は涙を瞳に浮かべる。どうやら彼女にも相当心配をかけてしまったようだ。


「これで!これでリティ様も……!」


「…イサベル、君にも心配をかけて本当にすまなかった。そのリティのことなんだが……無事…なんだよな?本当に」


グレンの言葉を疑っている訳ではないが、あの魔法を使っておいて生き返ったとなると…そもそも魔法が失敗したと考えた方が妥当なのだ。


そうなればリティに魔法がかからなかったことになり、彼女も無事では済まない。グレンの性格上、俺にこれ以上ショックを与えないように、リティの安否を誤魔化しているのではないかとも考えられた。


しかしその予想に反してイサベルは頷いた。


「はい。リティ様は無事です。殿下の魔法が作用したため、傷一つございませんでした。ですが……今はお部屋から出ておられません。出たのは一度誰も近づくなとのご命令を出された時だけです…」


グレンが言葉に詰まった意味がようやく分かった。その後、二人から詳しく話を聞くと、俺が倒れた後、彼女は部屋に引きこもってしまい、外からのどんな呼びかけにも応えなかったらしい。


内側から鍵をかけ、誰も彼女の部屋には入れないという。無理に破壊するという方法もあるが、それもできずにどうするべきか悩んでいたようだ。


何故俺がもう一度この世に蘇ったのか。

その理由は分からないが、とりあえず今すべきことは分かった。


無言で地面に足をつけ、立ち上がろうとすると、二人が慌てた様子で止めてくる。今すぐに動くのは無茶だと。崖から飛び降りておいて今更何が無茶なんだろうか。


それに今動かなければ……俺は確実に後悔する。


止めるのは無駄だと察した二人が支えてくれたおかげで立ち上がることができたが、そこで気づいた。全てを使い果たしたはずなのに魔力が完全に蘇っていることに。


あの瞬間、命を、そして魔力を捨てたはずなのに、何もかもが元に戻っていた。


何かがおかしい。奇跡?これは本当にただの奇跡なのか?


不信感を覚えた俺は二人と共にすぐに部屋を出て、リティの部屋へと向かう。その道中、公爵夫人に会った。


「殿下……!?あぁ良かった、お目覚めになられたんですね…!」


俺を見つけた夫人は、嬉しそうにしていたが、彼女の顔は前に見た時よりも酷くやつれていた。


「お願いします殿下、起きたばかりで申し訳ないですが…うちの娘を…リティを部屋から連れ出して下さい!どうかもう一度あの子を救って!このままだとあの子は……」


公爵夫妻はリティが自分で決めたことだから、自分の意志で出てくるまで待とうと決めたのだとグレンが言っていた。だが、そうはいっても心配なものは心配なのだろう。


リティが誰の声にも一切反応しないというのは本当のようであった。


「分かっています。必ず連れ出しますので、どうか夫人は安心してお休み下さい。」


「殿下…ありがとうございます……。私達はあの子を待つと決めたので大人しく部屋で待っています。もし何か進展があったら…どんな些細なことでもいいので教えて下さい……。」


その消えいるような声に頷くと、再び彼女の部屋を目指した。イサベル、アーグレンは共に複雑そうな表情をしていた。


彼女が引きこもってしまった原因は…間違いなくあの事件であろう。俺が彼女を救う為に命を捨てたことを、きっと今でも悲しんでいるのだ。


でもなんの間違いかは分からないが、今俺は生きている。それを伝えられさえすれば出てきてくれるはず。皆きっと、その微かな希望に期待しているのだろう。


…そうか、そういうことか。俺がこの世にもう一度蘇ったのは…再び彼女を救う為なのか。ならばこの身に起きた不思議な奇跡も信じよう。リティがたった一人で苦しんでいるのならば、俺は何度でも復活してやる。


そして彼女の部屋の扉の前に立ち、呼びかける。返事はない。何も食べていないと言っていた。返事をする体力はないのかもしれない。扉に手をかけたその瞬間、何かが浮かび上がり、弾かれた。


「これは……結界……?」


リティの部屋に結界が張られているということは、何者かが張ったかあるいは自分で張ったかの二択だ。……後者が正しいように思えた。何故なら結界の属性は……。


「炎の結界……。公女様がご自分で張られたのでしょうか…」


「結界って…どうやって解くんですか!?リティ様は何故そのようなものを……!」


「イサベルさん、落ち着いて下さい。炎の結界を解ける者が…この場にいますから」


俺は目の前の扉全体を覆う巨大な結界に手をかざし、何かを握り潰すかのようにその拳を握る。結界は音もなく崩れ去った。


この結界をリティが張ったのなら、何故炎の結界を張ったのだろうか。炎なら水で解かれてしまう。俺が目覚めれば簡単に解けてしまうのに。……一体何故?


「リティ…入るぞ」


きっとこの先に、答えがある。

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