第218話 王女の叫び
彼女は唐突に手を振り上げ、それは私を突き落とそうとしたが故の行動と思ったのだが…彼女はすぐにそれを下げた。
よく見てみると、私を殺すと言った割には…彼女の目からは殺意が感じとれなかった。
「……今朝、私は皇后陛下に呼び出された。今言った通り、貴女を殺すように言われたの。……でもその前に私が言ったことは本心よ。貴女は私とツヴァイの仲を取り持ってくれたし、昔のような悪女ではない……流石の私もそう気づいたわ」
…す、すごい。あのアルターニャが学んだ…!
……っと今はふざけてる場合じゃないわね。真面目に聞こう。
それにしても、アルターニャが完全に皇后側じゃないことが分かったのは大きな収穫ね。上手くいけば丸め込めるかもしれないわ。
そんな希望を胸に私はまだ何かを言いたげな彼女を見つめ返した。
「貴女を殺してしまうのは惜しい。だから考えたの。貴女が皇后から逃れられる方法を」
…そんな方法があるなら是非教えてほしいものだわ。私が思いつかなかったのに彼女が思いつけるとはとても思えないけど、まぁ聞くぐらいはいいかしら…。
「…皇后陛下は、私に殿下の婚約者になってほしいと願っていたわ。だから…貴女が殿下を諦めてくれれば、皇后が貴女を狙う理由はなくな…」
「都合のいいことを言っているとは思わないのですか?」
思った以上に低い声が飛び出て、自分が怒っているということを更に実感できた。
貴女を助けたい、でも私の為に恋人を諦めてほしい。なんて身勝手で…傲慢な正義だろうか。
「それは…!確かにそう取られても仕方ないわ。だけど、私は貴女を助けたくて…!」
「そうですか。貴女の言いたいことは分かりました。でもその提案はお断り致します」
「そんな……お願いだから諦めると言って!そうしなければ私は…私は…」
提案を冷たく断られたアルターニャ王女は、苦しそうに悲痛な叫びをあげた。
「貴女を殺すしかないのよ!」
そう叫ぶと、彼女は息を吐く。感情が高ぶり、興奮しているのか、息が荒々しくなっている。私はそんな彼女を見て口元だけで笑ってみせた。
「……なら殺せばいいじゃないですか、アルターニャ王女」
「…そんな、貴女何を言って…」
「はっきり言いましょう。どんな提案であろうと、それが彼を渡すことを条件にするのであれば一切受け入れる気はありません。死んでも…貴女にアレクは渡しませんから」
彼が私以外を選ぶのであれば、それは仕方ない。諦めよう。でもそうでないのなら、渡さない。
私はもう二度と自分の幸せを…諦めない。
アルターニャ王女は小さく呪文を唱えると、その魔力の渦が私の腕へと纏わりつく。それはやがて物質へと姿を変え、少し重みのある腕輪へと変わった。
「これは…?」
「リティシア…!これが最後のチャンスよ。貴女のその腕輪は魔法を使えなくするもの。つまりこの状況をひっくり返すことは絶対に無理よ。今殿下を諦めると言えば、私が助けてあげる。助けられる。ただ闇雲に皇后陛下に逆らえば文字通り死よ。それでも…それでも受け入れてくれないの?」
どうやら彼女はどうしても諦めてほしいらしい。私に、死んでほしくないとそう思ってくれているのは確かなのだろう。だがまだまだ私のことを理解できていないようだ。
懇願するように私を見つめる彼女に、私は深く息を吐き、迷いなく答えた。
「そんな提案は悩むに値しませんね。私は誰かにアレクを渡すくらいなら死を選びます。何故なら私は…彼を愛していますから。もう…自分の気持ちに嘘はつきたくないんです。」
「リティシア…私は……」
「どうしたんですかアルターニャ王女。私が憎いんでしょ?嫌いなんでしょ?絶好のチャンスじゃないですか。提案なんかせずに今ここで素直に私を落とせば、貴女が次期皇后ですよ。」
アルターニャは確実に迷っている。私を落とすべきか、それともやめるべきか。彼女の心を揺らして、時間稼ぎをする。きっとその中で確実に逃げるチャンスが訪れる。
「違う…違うの、確かに私は貴女が嫌いよ。でも死んでほしいなんて…本当に死んでほしいだなんて思ってないの!ただ私は殿下が好きなだけで…」
…アルターニャが悪女にならなかった…なりきれなかった理由。今なんとなく分かった気がする。
誰かを陥れようとする時に誰かの言いなりになるだけだという欠点に加え…実際に人をその手で殺す勇気。それが彼女にはない。
彼女はこの先もリティシアのような悪女にはなれないだろう。実際にリティシアは人を殺めたことはなかったが、イサベルを殺そうとしたのは本気だった。
もし彼女を消し炭にできていたならばリティシアは高らかに笑っただろう。そういう女だ。アルターニャとは決定的に違う。だからこそ、彼女には説得の余地がある。
「アルターニャ王女様、いいことを教えてあげます。そんな覚悟では誰も護れませんよ。誰かを護る為に自らを犠牲にする。そんな覚悟が貴女にはありますか」
「覚悟……?」
「もし、私が消えてアレクが救われるのなら……私はこの崖から喜んで飛び降りてみせましょう。」
「喜んで……?」
「そうです。それが、貴女にはできますか」
彼女は確実に揺れ動いていた。
よし、このまま彼女の心を丸め込めばどうにか私は生きられるかもしれない…そう思った瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。唐突に、彼女のつけていたバレッタが光り出す。
放たれた水の魔法らしき何かは私に纏わりついた。そして私はそのまま弾き飛ばされる。足場が、なかった。
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