第217話 王女の計画

【リティシア】


脱獄した私を待ち受けていたのは、フードを深く被った……よく見覚えのある人物であった。彼女は私に自分を認識させる為にフードを一度取ったが、すぐにそれを戻した。


それだけで違和感が相当あるのに、彼女がここにいるのは更におかしい。そもそも私が牢へ入れられたことすら知らないはずなのに。


とりあえず彼女の目つきから分かることは…味方ではないということだ。牢屋へ連れ戻されるかもしれない。私が魔法を使おうと力を込めたその瞬間、彼女は呟いた。


「久しぶりね、リティシア。皇后陛下のご命令よ。着いてきてもらうわ」


……どういうこと?牢屋から逃げ出すことすら計画の内だったということなの?一体何故…アルターニャ王女が皇后の使いをやっているの?


そんな疑問を抱えながらも、私は何処かを目指して突き進んでいく彼女の後ろを着いていく。後ろからは数十人の騎士達が着いてきており、私が逃げようものならすぐに抑え込むつもりだろうことが窺えた。


流石にこの人数相手で派手に魔法を使えば関係のない森の木々まで燃えてしまう。相手の真の目的が見えない今、下手に暴れるのは危険だ。


皇后が私を嫌っているのはさっきのことではっきりと分かったから、この先に待ち受けているのがいいことではないのは確かね。隙を見て逃げ出そう。でもきっと…今じゃないわ。こんな森の中じゃ例え逃げ出せたとしても迷子になるだけだからね。


「……アルターニャ王女」


「…何?」


前を行く彼女に声をかけると、小さく返事が返ってくる。少しでもいいから彼女から情報を得よう。


「一体何故こんなことをするんですか?皇后の命令とか言ってましたけど…王女様と皇后に何の関係があるんです?」


他国の皇后陛下の命令とあらば確かに断れないだろうとは思うが、彼女との接点が見当たらない。そもそも隣国の王女と皇后に強い繋がりがあるならば私が…リティシアがアレクの婚約者に選ばれるのはおかしいのである。


それともそれを無視して王様が無理やり婚約させたのかしら…いやでも皇后と彼女の性格が合うとも思えないのよね。


「関係、あるわよ。皇后陛下は……私の愛する方のお母上だもの」


そう呟いた彼女にいつもの強気なアルターニャ王女の面影はなく、ただただ切なそうに見えた。恐らく彼女をそうさせる何かがあったのだろう。


もしかしたら彼女は、完全なる皇后側の人間という訳ではないのかもしれない。


途中で関所を越え、その後は全く同じ景色が続く道なき道を歩き続けていたが、彼女はあるところに辿り着くと、突然立ち止まる。


「リティシア、確かにあんたは生意気でムカつくし…それに恋敵でもあるわ。」


私は思わず彼女の発言に呆れてしまう。


いきなり何を言い出すのかと思ったらそれなのね…。ところでそれ前見えてるの?深く被りすぎじゃない?


まるで誰かに正体を知られるのを恐れてるみたいに、彼女は深々とフードで顔を覆っている。いつだって派手なアクセサリーをつけて目立っていたのに、今日に限っては地味な服を着ている。


今度は皇后とタッグを組んで何を企んでいるのだろうか…。


「でもね、私は貴女から殿下を奪えばそれで満足なの。貴女を…殺したいとは思ってない。弟と仲良くなるきっかけをくれたのも貴女だったからね」


「…王女様、私は…!」


「だけど」


突然の宣戦布告に黙っていられなくなり、思わず声をあげたが、彼女は冷静に言葉を告げた。どうやらまだ続きがあるらしかった。


「皇后陛下が私に言ったの。」


ただ、どうしようもなく嫌な予感がした。


「私の息子が欲しければ…貴女を殺せってね」


彼女の口から紡がれたその言葉に驚き、私は目を見開く。彼女の目は真っ直ぐ私を見据えていた。


地形変化ヴィートリー!


アルターニャ王女の風の魔法により、土が削られていく。それは恐らく自然界のものではなく、人工的なものだったのであろう。地面かと思われたそれはいとも簡単に失われていき、本来の姿が徐々に現れてくる。


足場は極端に減っていき、私とアルターニャ王女が立っている場所がなんなのか、ようやく気がついた。数歩進んだ先の地面は遥か遠くに見え、森や動物、何もかもが小さく見える。


ここはまさか…崖!?


「今ここで死んで頂戴、リティシア」


王女がそう呟いたので、彼女が想像以上に本気でかかっていることに今更ながら気づく。だが、この王女は本気で私を殺す気なのだろうか?


真っ直ぐ見つめるその瞳からは何も読み取れず、冷や汗が流れた。


アルターニャ王女、貴女は皇后に命令されたからって殺人に手を染めてしまうような人間だったの……?


考えてる暇なんてない。逃げなきゃ、いくら悪役でもこの高さから落ちたら生きていられる保証なんてどこにもないわ…!

途中で着地点になってくれそうなものは何もないし、奇跡が起きれば大怪我で済むけど、運が悪かったら私は……。


最悪の結末が脳内をよぎり、冷や汗が止まらない。


王女、貴女は…アレク欲しさに殺人まで起こすの?そんなのただの凶悪な悪役令嬢じゃない!私が言えたことじゃないけどさ…!

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