第219話 落ちる

落ちる。そう思った時、時が一瞬止まった。恐らく皇后の魔法が、強引に私を外へと押し出したのだろう。


「リ…ティシア…!?」


本当に落とす気などなかったらしいアルターニャの驚いた表情が見える。彼女は驚愕のあまり震える手を伸ばしたが、時は既に遅い。私の身体が傾くのを感じた。すると、何かがとんでもない速度で彼女の横を駆け抜けた。


「リティ!!」


咄嗟に飛び込んできたアレクが、驚異的な速度によって私の手を掴むことには成功したが、引き戻すまではいかなかったらしい。


私はそのまま彼と共に真っ逆さまに落ちていく。


「で、殿下…?いや、そんな…いやぁぁぁ!」


アルターニャの悲痛な絶叫は一瞬にして遠のいていった。私は徐々に状況を理解し、誰よりも護りたかった相手を、巻き込んでしまったことに気づく。


「アレク……どうして…」


まさかアレクまで一緒に落ちてしまうなんて…!?どうしよう。ドラゴンを呼び出してもらう?いいえ、無理よ、間に合わない。


このままじゃ結末は目に見えている。

奇跡でも起きない限りは二人共あの世行きだ。ダメ、そんなの。貴方だけでも、お願い。神様!


アレクは、絶望の二文字を顔に浮かべた私の言葉に、笑った。そして一層強く私の手を握る。


「リティ」


私の名前を、呼んだ。


「ありがとう」


あの優しい笑顔で、優しい声で呟いた。

怖くてたまらないはずなのに、私を安心させるように笑っている。


「ルーアクト」


彼が唱えた呪文が、私を優しく包み込む。それが何か聞きたいのに、意識が少しずつ遠のいていき、彼の姿が見えなくなる。


「その…呪文は…一…体」


その言葉を最後に、私は意識を失った。


そして私は見たこともない森の中で目を覚ました。一体どのくらいの間意識を失っていたのだろう。


見れば分かる確実に死ぬ高さから落ちたので、もうこのまま死ぬのではないかと思っていたが、相変わらず悪役の悪運とやらは健在らしかった。


片手についていた腕輪を見れば、落下の衝撃で木っ端微塵に壊れていた。もう片方の手を見たが、その先にアレクの手はない。気を失ってしまったことで手が離れてしまったようだ。


彼は無事だろうか。私は立ち上がり、そして特にふらつきもなく立ち上がれたことに違和感を覚える。


「…立ち上がれた…?全く、流石はリティシアね。しぶとい身体だわ。早く……探さなきゃ」


この森には人の手入れが一切ないらしく、好き勝手に生い茂った草木のせいで視界が悪い。それに加え、どこまでも広大な土地が広がる森の中から探すのは至難の業であった。


それでも私は彼の名を呼びながら、探す。返事はなかったが、恐らく私と同じように意識を失っているのだろう。早く見つけてあげなければ。一緒に落ちた私が平気だったんだから、彼も平気なはず。


そう信じて探し回ると、視界の隅に靴らしきものが映った。


「アレク!よかった……ようやく見つけた」


途中までは一緒にいたから、そんなに遠くへは落ちていなかったようだ。見つけたはいいものの、やはり彼はまだ気を失ったままであった。


「アレク、ごめんね…私のせいで貴方をこんな目に…」


アレクが私を探してくれているだろうとは思っていたけどまさか一緒に飛び込むだなんて…どうしてそんな無謀なことを……。


もう嫌なのに。私のせいで貴方が傷つく姿をこの目で見るのは…。


彼の顔にかかった髪を軽く払うと、生死確認をするために脈を測る。微かだが、動いているのを感じた。


「脈が弱い…早く上に連れていかなきゃ」


一刻も早く彼を連れて上へあがらなければ。飛び上がれるものと考えて一番初めに思い浮かべたのは竜であった。だが残念ながら肝心の彼の意識がないため、これは無理だ。


となると…私が代わりの召喚をするしかない。確かアレクは属性ごとに召喚する形が違うと言っていたはず…水の魔法は竜だけど炎は…。


そこまで考えて私は衝撃の事実に気がついた。


「どうしよう、知らないわ…炎属性は何を召喚できるの…?」


思い出して…前世の記憶…。水属性が竜なんだから、物語に使われがちな空想の生き物なのは確かだわ。炎属性…炎……。


その瞬間、脳裏に羽ばたく炎の鳥の姿が浮かび上がった。


「不死鳥…!そうよ、フェニックスだわ!これしかない!」


お願い、私に力を貸して。魔力で不死鳥を形作るだなんて今までやったことないけど、どうか成功して…!


そう強く願いながら、少しずつ、少しずつ伝説の炎の鳥を召喚していく。いける。リティシアの溢れんばかりのこの魔力なら…絶対にいけるわ。


「できた…よかった」


時間はかかったものの、なんとか不死鳥の姿を形作ることに成功した。感動する暇もなく、私はすぐに行動した。


やろうとはしたが流石にお姫様抱っこは無理だったので私はアレクをおぶるとどうにかして不死鳥に乗り込む。


「お願い、飛んで…!」


私がそう呟くと、意思をもっていないはずの不死鳥がそれに答えるかのように咆哮したように見えた。そして天高く飛び上がった。


落ちた時、いやそれ以上に速いスピードで上がっていき、驚くアーグレン、そしてイサベルの姿が見えた。私は先に屋敷へ戻ると彼らに伝えると、真っ直ぐに帰宅した。アルターニャ王女は既にそこにはいなかった。


私は彼をお客様用の部屋に連れていき、寝かせた。彼は予想以上に軽かった。アーグレン、そしてイサベルが帰宅した頃、丁度お母様達が呼んでくれた医者がやって来た。


医者はアレクの容体を見ると、ある言葉を呟いた。


「え……今なんて言ったの?」


思わず聞き返すと、医者は言葉を繰り返した。


「…殿下の身体からは…生気が一切感じられません。恐らくもう…亡くなっています」


目の前が真っ暗になった。

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