第216話 急げ

彼女は兵士を強引に外へと追いやると、門を開けようと手をかける。反抗ができないようで、兵士は非常に悲しそうな顔で令嬢を見ていた。


「早くリティシア様を追いかけてあげて下さい。今行方が分からないってことですよね?」


「あぁ。恐らくここを通ったと思うんだが……」


「あの……先程から話されているリティシア様とはブロンド公女のことですか?それなら先程赤い髪の女性を通したと他の者が言っていましたがもしかしたら……」


「そ、それは本当か!?」


思わぬところで得られた情報に驚いて声をあげると、シーランテ嬢は再び兵士に詰め寄る。


「ちょっと!それをもっと早く言いなさいよ!でも良かった。これで行方が分かりましたね!ここは私が見張っておきますから、どうぞ殿下はリティシア様を追って下さい!」


彼女はそう言うと、巨大な門を少しずつ開いて道を開放してくれる。兵士はもう俺を通すことを止めようとはしないようであった。シーランテ嬢の勢いに完全に敗北したらしい。


「あぁ。そうするよ。ありがとう。助けてくれて」


「いいえ。リティシア様と殿下には沢山お世話になりましたから。そのお返しです。お気になさらないで下さいね」


彼女はそう言って微笑んだ。


シーランテ嬢の存在は、リティが決して悪女なんかではないと改めて教えてくれている。そうでなければ彼女のために動こうとはしないだろう。このことを早く彼女に教えてあげたい。きっと喜んでくれるはずだ。


令嬢のおかげで関所を突破し、真っ直ぐ走り続けていると、突然何かにぶつかり、転倒してしまう。ぶつかった何かも同様に体勢を崩したらしく、お互いに倒れ込む形となってしまった。


「いたた…申し訳ございません、急いでいたものですから…」


「…いや、こちらこそ……!?イサベル!?」


顔をあげてみれば、城で別れたはずのイサベルが確かにそこにいた。


彼女はリティのことを公爵夫妻に伝えた後、自分は自分で行方を追おうと奮闘していたらしい。なんとか彼女のいる場所を聞き出し、目撃情報を元にここへ辿り着いたと彼女は言う。


だが俺やグレンならともかく城の者と面識のない彼女が一体どうやって場所を聞き出したのだろう…。


…それはなんだか怖くて聞けなかった。


「殿下、急ぎましょう!」


彼女は服についた汚れを払うと、決意に満ちた表情で呟いた。俺は頷くと再び走り出した。


【アーグレン】


そろそろアレクが公女様を助け出している頃だろうか…。そんなことを思いながら親友の部屋を見つめる。


アレクが上手く言ってくれたらしく、見張りは誰一人として近づいてこない。もしかしたら自分も逃げ出せるかもしれないと思ったが、皇后が来るのを待つことにした。


姿さえ見られなければ彼女を騙せるかもしれない。彼女の時間を少しでも奪えば、計画を狂わせられれば、アレクが自由に動ける時間が増える。


少しでも親友の助けになればと思い、こうして部屋に残っていたのである。


するとその時は案外すぐにやって来た。見張りの足音ではない、高いハイヒールのような音。これは皇后陛下の音だ。


一気に空気が張り詰める。初めから分かっていたが、改めて思う。皇后を騙すのは至難の業だと。


「アレク。誰も部屋に近寄るなって言ったみたいね。でも私はいいでしょ?だって私は…貴方のお母様だもの」


返事をするか迷ったが、言葉の続きがあるかもしれないと思い、私は黙り込む。


それに誰も近寄るなという命令を出した人間が元気に返事をするのはおかしい。落ち込んでいる風を装うべきだ。


「…聞いてるの?まぁいいわ。私のもう一人の子」


その瞬間、背筋が凍った。


…もう一人の子!?

扉の向こう側からくすくすと笑い声が聞こえてくる。鼓動が急速に早まり、冷や汗が流れた。


「アーグレン、貴方があの子を逃がすであろうことは分かっていたわ」


そんなまさか…まだ私は一言も発していないのに!?

焦る私をよそに、皇后は勝手に言葉を続けた。


「アレクを裏切ったふりをして私を欺くなんて…よく考えたわね。立派だったわ。でも甘い。私に対するあの忠誠心が逆に不気味だったわ」


甘かった…皇后を侮っていた…!

だが分かっていたなら何故私の作戦に引っかかったふりをしたんだ…?彼女にとってメリットは何一つないはずなのに…。


「アレクはきっとリティシア嬢を逃がす…そう思っているでしょう?違うわ、あの女はきっと勝手に逃げ出すもの。」


皇后はそこで言葉を区切ると扉の向こう側で微笑んだように思えた。


「逃がすのは計画の内。でも、逃げられるなんて思ってないわよね?」


気づかなかった。その先が、脱獄の先が考えられていたなんて。


「私の目的はアレクにリティシア嬢を諦めさせることよ。この意味が分かる?」


直感で悟った。この女はもっと綿密な…恐ろしい計画を練っていると。もう入れ替わりがバレているのであれば関係ない。強引に結界もどきを打ち破ると、部屋を飛び出し、走り出す。


「どうかご無事で、公女様…!!」


視界の隅に一瞬映った皇后は、扇子を片手に優雅に微笑んでいた。その姿はまるで…悪魔のようであった。

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