第215話 思わぬ助け
「貴様は一体何をしていたんだ!」
ふらふらと立ち上がった兵士の胸ぐらを、騒ぎを聞きつけやって来た別の兵士が掴むと、そう叫ぶ。掴まれた方の兵士はその言葉に怒りを覚えた様子で、口を尖らせる。
「ま、魔法で気絶させられたんです!流石は悪……」
「彼女は悪女なんかじゃない!」
思わず大声で口を挟むと、空気が一瞬にして静まり返る。
悪女であることを…悪役令嬢であることを彼女がどれだけ気にしていたか…どれだけ苦しんでいたのか、何も…何も知らないくせに…!
「…だ、団長?どうしましたか?」
その言葉で俺はグレンの姿をしていることを思い出したが、特に何も答えずに飛び出した。もう余計な時間は使いたくない。
「団長!?」
背後からそう叫ぶ声が聞こえたが、最早反応する余裕すらなかった。
ようやく城から抜け出してここまで来たのにいないなんて…そんなの考えてなかった。リティなら確かに自力で逃げ出しそうだが…その先何処へ逃げるかはまるで見当がつかない。
もし自分以外の誰かに見つかったりしたら…また彼女に辛い経験をさせてしまうに違いない。何が何でも早く見つけなければ。
牢獄の外へ飛び出したはいいものの、彼女が向かった方角を示すものなど何一つなかった。どの方角も鬱蒼とした森が広がっており、適当に歩けば彼女を見つけるどころかこちらが迷子になってしまう。
無意識にポケットからネックレスを取り出し、祈るように見つめていると、突然それが光りを灯し始めた。それも、ある一定の方角に向けた時だけ、強く強く光ったのである。それはまるで持ち主の元へ帰ろうとしているように思えた。
「こっちに…いるんだな?」
勿論無機物なので答えることはないが、一層強く輝いたように思えた。魔力の込められていないネックレスが光るなんてにわかには信じ難い現象だが、今はこれに頼るしかない。
「よし。行こう!」
俺はネックレスを信じ、その方角へ向けて走り出した。暫く森の中を走り続けていると、突如として視界が開ける。巨大な門が現れ、それが関所であることにすぐに気づいた。
ネックレスに目を向けると、すっかり光を失っており、後は自分でどうにかしろとでも言うかのようであった。恐らくここを抜けろということだろう…。
俺は再びポケットへしまうと、関所の前へと向かう。もう一回竜を召喚する時間が勿体ないし、正面突破ができないか聞いてみよう。
「いくら騎士団長といえど、通行証を持たぬ者をお通しすることはできません。」
自分の身分…正確にはアーグレンの身分と、この先に探し人がいるかもしれないと伝えても兵士は首を横に振るだけであった。やはり普通には通れないか…。となると最早ダメ元だが…こうしてみよう。
「…これでもダメか?」
変身を解き、普段の俺の姿へと戻すと、兵士は驚いたように目を見開く。王子なら通してくれるかもしれないという淡い期待を込めてだったのだが、兵士の答えは決していいものではなかった。
「で、殿下……!?それでもいけません、つい先程皇后陛下より誰もお通しするなとの命令が下されましたので…」
やはり母さんか……。でもこの関所を通る以外方法はない。ネックレスが教えてくれた情報の通りに進むのが一番間違いがないはずだから。
どうするべきかと悩んだその時、一つの馬車がこちらへと向かってくるのが見えた。
「あれ?殿下?」
降りてきたドレス姿の令嬢を見て、俺は驚いて目を見開く。兵士も驚いているようであった。
「君は確か伯爵の…」
かつてリティが助けたシーランテ伯爵のご令嬢…確か名前はデイジーだったはず。彼女が一体何故ここに…。そう考えたその時、俺は一つの情報を思い出した。
そうか、この関所は…!
「ちょっと、殿下を引き止めて何してるの?早く通してあげてよ!」
「で、ですがお嬢様、先程皇后陛下からご命令が…!」
シーランテ嬢の剣幕に狼狽える兵士の姿を見て、確信した。ここは伯爵の管理している関所なのだ。
その娘であるデイジー嬢の発言力は当然強い。兵士達は伯爵から給料を貰っているはずなので、彼女を無視することなどできないのだ。
彼女はもごもごと口籠る兵士に苛ついたのか、兵士の胸ぐらを乱暴に掴むと大声で叫んだ。
「私の命令が聞けないの!?殿下が通りたいって言ってるの!皇后と私、どっちが大事なのよ!給料下げられたいの!?」
「……あの、シーランテ嬢…?」
とても令嬢とは思えないほどの暴言に驚きつつもそう声を発すると、シーランテ嬢はすぐに手を離し、あはは…と誤魔化すように笑った。
「大変失礼しました。皇后陛下とただの伯爵令嬢である私を比べるなんて…失言をお許し下さい。」
「いや、それは構わないけど…申し訳ないが今君が言っていた通り、ここを通らせてもらえるか?このことで君や兵士達が罰せられるようなことがないように、全て責任は俺に擦り付けて構わない。だから頼む。ここを通してくれ」
そう言って頭を下げると、シーランテ嬢は微笑んだ。
「顔を上げてください殿下。勿論そのつもりですよ。ですが殿下の責任には決して致しません。通行証を持っていた人をお通ししたら、その中にたまたま殿下もいたってことにしますから!」
「それは我々の確認不足を疑われるだけですよお嬢様…。」
「うるさいわね、あんたには聞いてないの。ところで殿下、どうしてここをお通りになられるのかお聞きしても?」
「実はリティが……」
「なるほど!理解致しました。今すぐお通り下さい。ほら早くどいてよ邪魔よ!」
「ですがお嬢様、皇后陛下が……」
「何言ってるのよ!!皇后陛下よりリティシア様の方が大事に決まってるでしょ!当たり前のこと言わないでよこのバカ!!」
有り難いが、ちょっと兵士が可哀想だなと思った俺なのであった。
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