第169話 危険な香り

イサベルは散々涙を流した後に満面の笑みを見せると、「少し休憩したらすぐに働きますね!」と全く休憩する素振りを見せなかった。本当に懲りないわねこの子。


リティシア様の為に働かないと精神なんでしょうね。まぁいい子なのは間違いないわね…。もう疑いようがないわ。


あとはどうやってきっかけを作るか…これが一番重要よね。二人の出会いは微妙だったみたいだからこれはもう…劇的な再会にするしかないわね。


周囲に花びらが舞ってお互いしか目に入らないみたいなそんな少女漫画な展開にするしかないわ。


…結局あの侍女はあのまま屋敷を追い出された。


後からお母様とお父様には伝えた…というかそんな騒動が起これば嫌でも気づかれるので、説明を余儀なくされたのである。


お母様とお父様は私の決断を尊重してくれたので、侍女は帰る場所を完全に失った。


これで他の侍女や使用人がイサベルをいじめることはもうなくなるはずだ。公爵邸ほど給料の高い場所など殆どないし、好き好んで追い出されるような真似はしないだろう。


私は一通り済んだ後に部屋へ戻ると、楽しそうに窓の掃除をするイサベルを何も考えずに見つめる。


掃除してるだけなのに楽しそうって一体どういうことなのかしらね。鼻歌でも聞こえてきそうだわ。


イサベルが私に見つめられていることに気づくと、彼女は愛らしい笑みを浮かべる。


「ところでリティシア様、このお花、とっても綺麗ですね」


彼女の言葉で、私は部屋に飾られていた花に視線を移す。


イサベルに気を取られすぎていて気づかなかった。その花は、私にとって非常によく見覚えのあるものであり、同時にとても恐ろしいものだった。


更にイサベルがその花に手を伸ばしたものだから、私は慌ててそれを止めるべく叫んだ。


「それはマギーラックよ!触らないで」


驚いたイサベルが動きを止め、即座に手を引いたので事件は未然に防がれた。


マギーラックは魔力のある人間にとっては基本害がないものだが…それがない人間にとっては別だ。魔力のないイサベルが触ればほぼ確実に死んでしまう。


ここでイサベルに死なれてしまったら私の計画は全て水の泡だ。それに…目の前で人が死ぬ様を見たくはない。


「あの侍女が置いていったのね…全く」


片付けようにも私は自分で触れることもできないのでルナを呼ぶと彼女にこの花を下げるように伝える。


私の部屋にこの花が飾られていることはルナも知らなかったらしく、驚いていたが、すぐに花を運んで行ってくれた。

これでひとまず安心ね。


全くもう、次から次へと事件が起こりすぎて大変だわ…。主人公と一緒にいるとトラブルに巻き込まれがちになるのは覚悟してたけどまさかここまでとはね。


何故花に触れるのを止められたのか全く分からないイサベルはただただ困惑していたが、「ありがとうございます…?」ととりあえずお礼を言っていた。分からないのにお礼言わないでよ。


どれだけ信頼されてるのよ私。


「公女様、一体なんの騒ぎですか?」


私の大声が聞こえてしまったのか、開け放たれた扉からアーグレンが顔を出す。


「あぁアーグレン。ちょっとね…危険な香りがしたのよ」


「…誰からですか?」


アーグレンは眉を顰めると、鞘に手をかけたものだから、私は慌てて否定する。


「違う違う、花よ、花。私とイサベルが触ったら大変なことになる花がね。」


そこでようやく私の行動の意図を理解したらしいイサベルがハッとしたように口元を抑える。


「大変なこと...ですか?申し訳ございません、そうとは知らずにあのお花をお部屋に放置してしまいました。以後気をつけます!」


「…あのね、ちゃんと聞いてた?貴女も危険なことになるって言ってるのよ。だからルナを呼んで片付けさせたの。いいわね、イサベル。あの花を見つけても絶対に触れないで。」


「分かりました。リティシア様、何から何まで本当にありがとうございます…!」


もしこの世界に好感度ゲージというものが存在しているのならイサベルの私に対するゲージはカンストしていることだろう。もしかしたら突き破ってるかもしれない。


今はこの関係のままで構わないけどいずれこの子をお城に送らなきゃいけないし…その時に私とちゃんと離れてくれるか心配なのよね。


リティシア様も来て下さいとか言われかねないし…うーん複雑な気持ち。


「…イサベルさん、もう恐らくないと思いますが、もしこのようなことがまたあった場合は私にお伝え下さい。公女様の許可を得られ次第、すぐに追い出しますので」


「はい。ありがとうございます。アーグレン様」


イサベルが笑顔でそう返事をすると、アーグレンが面食らった表情をする。そして少し困ったような表情を浮かべると、「あの…その呼び方は…?」となんとか言葉を発した。


イサベルはきょとんと小さく首を傾げると、「あれ、お名前…間違えてましたか?」と焦ったような声をあげる。


イサベル、私には分かるわ。アーグレンがつっこみたいのはそこじゃない。名前はちゃんと合ってるしね。

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