第170話 主人公の優しさ
「いえ、様付けをされていたのが気になりまして…。私は貴族ではなくただの平民ですのでそのように呼ぶ必要はありませんよ」
イサベルはアーグレンが平民であることを聞いて少し驚いていたが、それ以上の反応は見せなかった。あまり反応すると失礼に値するかもしれないと考えたようだ。
「そうだったのですね。ですがそれでも…どうか呼ばせては頂けませんか?私にとってはアーグレン様も命の恩人です。尊敬に値する方なのです」
イサベルはそう言って懇願するようにアーグレンを見つめる。
彼は少し困惑する様子を見せたものの、「イサベルさんがそう呼びたいのであれば構いませんが…」と告げた。
もしかしたら彼は今まで「騎士団長」と呼ばれることはあっても様付けで呼ばれることはなかったのかもしれない。
色々偏見もあるだろうしね。だからこそイサベルの呼び方に慣れないと感じるのだろう。
居心地の悪そうに視線を逸らしたアーグレンを見てイサベルは「ありがとうございます」と嬉しそうに微笑む。もうこの笑顔を見たら何でも許したくなっちゃうわね。
私も彼女に釣られて微笑むと、ずっと心に引っかかっていたことを告げた。
「そうだ。イサベル、私も貴女に謝りたいことがあるの」
「えっ、あ、謝りたいことですか?」
「そうよ」
私は彼女に向き直ると、イサベルが何と言うべきか迷ってあたふたと手を動かす。そして私は彼女に向けて軽く頭を下げる。
あまり深く下げすぎるのは貴族らしくないからこのくらいまでしか下げられないけど…本当は土下座して謝りたいくらいだわ。
私が護ってあげるって言ったのに全然ダメだったんだもの…。
原作を知っている私が狙って貴女を助けたんだから責任を持ってこの屋敷では快適な生活を保証するつもりだったのに…。
「…ごめんなさい。貴女がこの屋敷で酷い待遇を受けてることに気づけなくて…。私が貴女を大切にしていれば大丈夫だと高を括っていたわ」
イサベルはあの時火傷を自分のミスだと告げていたが恐らくあれも他の侍女達の仕業だろう。
彼女は自分をいじめる存在すらも庇ってしまう優しい子であるということをすっかり忘れていた。
「気づいてあげられなくて本当にごめんなさい…」
「リティシア様、どうかお顔をあげてください。私のことを気にして謝ってくださって…ありがとうございます。でも私は本当に気にしていません。伝えなかった私が悪いのですから。あの時リティシア様とアーグレン様が助けに来てくれた時…本当に嬉しかったんです。だから…もう気にしないでください。」
「貴女に過去のことを黙っていたことも謝らせて。過去の私は…本当に酷い悪女だったの」
「それでも、今は今です。私は今のリティシア様が大好きです。なので、そんな顔をしないでどうか笑ってください」
イサベルから溢れ出る愛らしい主人公パワーに私は思わず目が眩んでしまう。
いっそのこと私がこの子をお嫁にもらいたいわ…ってダメダメ、何考えてるの。
小説を読んでいた時はただの平民がここまで好かれるなんておかしいと思っていたけど…実際に会ってみるとよく分かるわね。
可愛らしさに加えて優しい心も持っている主人公。それに加えて何も持っていない悪役令嬢。与えられたものが違いすぎるのよね。
ここまで圧倒的だと逆に諦められるわ。
もう近い…私とアレクの婚約が破棄される日は…きっともうすぐそこにある…。
イサベルがこの屋敷から去ったその時には彼女はもう皇后になる為の一歩を踏み出しているはず…。
それが正しいハッピーエンド…なのよね。
私がイサベルになんと言おうか悩んでいると、突然ノックの音が響く。先程まで開け放たれていたはずの扉はいつのまにか閉められていたらしい。
私が許可して中に入ってきたのは侍女のルナだった。一体どんな要件で来たのだろう。
うーん…部屋に紛れ込んでいたマギーラックについての話かしら?それについてはあんまり話したくないんだけど…。
「失礼致します。お嬢様、今年のパーティはどれくらい派手になさる予定ですか?」
「…パーティ?それならもう二つもやったじゃない。お城のパーティに、デイジー嬢のティーパーティ…」
「…何を仰ってるんですか?普通のパーティではなく、お嬢様の誕生日パーティーですよ。まさかお忘れですか?」
ルナが呆れたように答えると、私達は思わず声を揃えて言葉を返してしまう。
「誕生日パーティー!?」
その言葉だけが広い部屋に反響し、息ぴったりの三人を前にルナはあからさまに顔をしかめる。
「イサベルさんと、アーグレンさんの反応は分かるのですが…何故お嬢様まで驚かれるのですか?まさか本当に忘れていたんですか?」
「そ、そんなことないわよ。ただ最近忙しかったでしょう?だから…」
「それは忘れていたと同義だと思いますけど…」
「気のせいよ。それで…今回のパーティは時間がないからなしにするとか…」
「ダメです。公爵令嬢が誕生日パーティーをしないなんてあり得ません。貴族達にその財力を見せつけるものなのですから。それにお嬢様が愛されていると知らしめることにも繋がります。いいですか?死ぬ気で準備するんですよ。」
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