第168話 謝罪
「…そうだ。ルナ、貴女のその傷も私が作ったものなのよね?貴女にも治療費を…」
「いえ、私は大丈夫です。すぐに治りますから。それよりもイサベルさんがお嬢様に話したいことがあるみたいですよ?」
「え?」
ルナは私からの申し出をやんわりと否定すると、イサベルへと視線を向ける。
私も釣られて彼女を見ると、イサベルは何かを言いたげにこちらを見つめていた。
「…イサベル?」
そして彼女は開口一番、衝撃の言葉を口にした。
「申し訳ございませんでした!」
イサベルは瞳にうっすらと涙まで浮かべながら大声で私に謝罪をしたのである。
今までの話の中で彼女が謝らなければならない何かが果たしてあったのだろうか?あるとしたら一体どこに?
「えっ?…何が?」
衝撃すぎる展開に困惑を隠せなかったが、なんとか彼女に尋ねることに成功する。
「私…少しだけ…ほんの少しだけリティシア様を疑ってしまいました。本当は…悪い人なんじゃないかって。…本当に、本当に申し訳ありませんでした。ご主人様を疑ってしまった罪は到底許されるものではございません。いかなる罰もお受け致します。」
イサベルは地面に跪いてそのまま土下座でもしそうな勢いだったので私は慌てて顔をあげるように彼女に伝える。顔をあげた彼女の顔はもう涙で歪んでいた。
「そうだったのね。それは分かったからとりあえず落ち着いて」
「リティシア様は…私の命の恩人なのに…それを疑ってしまうだなんて…本当に申し訳ございませんでした…!」
「…ねぇイサベル。貴女の考えは間違ってなんかいないわ。そうよね、ルナ。私のお転婆ぶり、覚えているでしょう」
ルナは少し戸惑いながらも黙って頷いた。
以前の彼女…つまり本物のリティシアについてお転婆という言葉を使用したのは…彼女の行動を事細かく伝えるとなるとあまりにも酷い表現になってしまうからだった。
「イサベル、以前の私はとんでもないクズだったのよ。」とか言われたら流石に仕えたくなくなるものね。ここは柔らかい表現にしときましょ。
イサベルは「お転婆…?」と悪い人とお転婆の関連性がいまいち見出だせていないようであったが、これ以上はようやく得られた信頼が揺らいでしまうきっかけになりかねないのでやめておこう。
「まぁ兎に角貴女が無事でよかったわ。今みたいなことはもう起こらないと思うけどこれからはちゃんと言って頂戴ね。流石の私もこの屋敷の全ては把握できないんだから」
私がそう告げると、イサベルは何度も瞬きをする。驚きで涙は止まったようだが、既に流れていた涙のせいで彼女の頬が濡れてしまっている。
私はハンカチでそっと拭ってあげると、再びイサベルの瞳から涙が溢れてしまった。
「えっ、ど、どうして泣くのよ」
「リティシア様、本当にそれだけですか?私のせいで侍女を一人追い出すことになってしまって…しかも私はリティシア様に隠し事までしていたのに…何もお咎めなしなのですか?それではとてもリティシア様の苦労が報われないではありませんか…!」
「…あのね、イサベル。悪いのはあの侍女でしょ。イサベルは何も悪くないんだからお咎めなし。当たり前よ。貴女はただ真面目に働いてただけ。そうね、どうしても罰を与えるとしたら…とりあえず休憩しなさい。そんなに泣いてたら何もできやしないわ。今日は部屋でゆっくり休むことね。」
「お嬢様、それ以上は…」
ルナが困惑したように私に声をかけてくるので、イサベルに視線を向けると、彼女の瞳から大粒の涙が溢れていた。
よ、よく泣くわねこの子。なんで?そんなに怖いかな私って…。
「リティシア様ぁ…私、ずっとお仕えしたいです。リティシア様のお側に永遠にいさせて下さい…」
「それは嬉しいけど将来のことはちゃんと考えなさい。今はまだいなくても、いつか貴女の大好きな人が現れるかもしれないんだから」
「今います、リティシア様が私の大好きな人です…」
「そういうことじゃなくてね…」
泣きじゃくりながら愛の告白をするイサベルに私は呆れるしかない。嬉しいけどそういうことじゃないんだってば。
ちょっと原作小説の作者さん?
主人公イサベルが悪役令嬢リティシアに告白するって一体どういう状況なのよ!
イサベルとアレクシスは永遠の恋人なんじゃないの?あの二人は生涯お互いしか見ないし愛さないって言ってたじゃない。
それにしては同性とはいえあまりにも簡単に告白したわよこの子!
どうしよう、原作とズレすぎてどう修正すればいいか分からない…。今のところ一番原作通りなのはアルターニャ王女くらいなものよ…。
こんなんで本当にアレクを幸せにできるの…?
もう私が二人を脅迫して結婚させるとかしか方法が浮かばないんだけど…。イサベルはともかく王子を脅迫は普通にまずいわね。というか受け入れてくれなさそうだし…。
あぁ…なんとか正攻法を見つけなきゃなぁ…。
私は一人深いため息をつく。
今回のことで得られたことはたった一つ。
イサベルの愛だ。
…それを!アレクに向けて頂戴!私が欲しい訳じゃないのよ…!
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