第167話 追い出せ

「ルナ侍女長は少しだけ厳しいお方ですが、私にも丁寧にお仕事を教えて下さいました!仕事も誰よりも早くこなしていた上に、皆からもとても尊敬されていて…そんな素晴らしいお方が、侍女失格だなんてあり得ません!」


 その言葉に、私もルナも、恐らくこの場にいた全員が驚いたことであろう。


 イサベル、貴女って子は…私が止めなければ侍女の罪がほぼなかったも同然にされるところだったのに…。


 それでもルナを褒めるのね。それでこそ主人公だわ。イサベルらしくて素敵。


 そう、貴女はやっぱり本物の…主人公なのね…。


 私が勝手に落ち込んでいることに一切気づいていないであろうルナはイサベルの言葉に、弱々しく微笑んだ。


「…イサベルさん、実は貴女の一生懸命な働きぶりを見て考えていたんです。平民に対する差別はなんだったんだろうって。その矢先にこんなことになってしまいましたけど。改めて…ごめんなさい。」


 ルナは頭を下げ、イサベルに心からの謝罪を見せる。突然謝られたイサベルは焦ったような素振りを見せると、「顔をあげて下さい。私は少しも怒っていませんよ」と告げた。


 その慌ててる姿すら可愛らしさそのものであったから、本当に主人公って恐ろしいなと思った。


「アーグレン」


「はい」


 アーグレンに声をかけると、一瞬で返事が返ってくる。反射速度ハンパないわね。


「貴方の信じた主人は間違ってなかった?」


「勿論です。これ程自分の選択に感謝したことはありませんよ」


「…選択?」


「はい。公女様にお仕えするという私の選択です。…実は護衛騎士になる前に公女様を護るようにと殿下から直接頼まれたんです。あの時は理由が分かりませんでしたが、今ならよく分かります。公女様は護るべき尊い存在であるということが」


「…そう、アレクシスがそんなこと言ったのね。でもそれにしても尊いっていうのは流石に言い過ぎだわ。」


「そんな事ありません、公女様はもっとご自分を評価するべきです」


「そうですよリティシア様!リティシア様は本当に素敵な方なんですから!」


「イサベルまで加担するのはやめてくれる…?聞いてるこっちが恥ずかしいわよ」


 アーグレンが未だに私を信頼してくれているのか確かめたくて話を振っただけだったのに、何故か私がもっと評価されるべきかどうかという話にすり替わっている。


 やめよやめよ。私は尊さとは程遠く、言うなれば醜さに近い悪役令嬢なんだから。


 というか尊いとか評価されるべきなのはどう考えても貴女でしょイサベル…。


「あ、あの…」


 すると、ルナの背後に隠れて黙りこくっていた侍女が彼女の服の裾を軽く引っ張った。


「なんですか?」


「侍女長…私のこと助けてくれますよね?」


「は?お嬢様の仰った通り貴女はクビです。今までお疲れさまでした。さようなら」


「そ、そんな、私ここを追い出されたら行くとこなんてないんです!この歳になっても結婚できないなら働けって追い出されて…侍女長も結婚が嫌で抜け出したんですよね!?だったら私を庇っ…」


「それなら問題ありませんね。また別のところで働けばいい訳です。まぁ…すぐに噂は広まるでしょうけど」


 ルナの目が怪しく光った。これはどう考えても彼女自身が噂を広めるということだろう。


「イサベルさん、本当にごめんなさい!謝りますから…だから許して!リティシア様…!!」


「嫌よ」


「そんな…」


 本当はバケツと中の水を片付けさせようと思ったけどあまり長くこの屋敷にいさせるとよくない知恵を働かせそうよね。


 よし、そうと決まれば行動は一つよ。

 悪役令嬢っぽいこと、してみようじゃない?


「…アーグレン」


「はい」


「連れて行って」


「畏まりました」


 アーグレンは音もなく侍女の背後に迫ると、彼女の腕を拘束する。侍女は必死に抵抗しているが、現役最強騎士団長に適う訳がない。


 というかアーグレンに力で勝てる人間なんていないから誰であろうと逃げられないわ。


「リティシア様!どうかお慈悲を!」


「そうだ、貴女のその傷、私が作ったものらしいわね。侍女たちが話してるのを聞いたわ。治療費はこれで足りる?」


 私はポケットに入っていた金貨入の袋を放り投げたがそれは侍女の目の前で落下する。


 あ、そっか。この子拘束されてるんだったわ。


 私は仕方ないから彼女のポケットに入れてあげると、できる限り優しく微笑んだ。


「さぁ、もう文句はないでしょ。早く消えて」


「リティシア様、本当に申し訳ございませんでした、もう二度と致しません。どうか、どうか一度だけお許しを…」


 諦めの悪い侍女を前にして、アーグレンが呆れたように口を開いた。


「いい加減にして頂けますか?公女様の許可さえ頂ければ私は貴女を斬ることもできるのですよ?公女様がその命令を下さないことに感謝して下さい」


「そんな…私は…」


 その言葉がよっぽど効いたのか、侍女はようやく大人しくなり、そのままアーグレンに連れられて屋敷を出ていった。荷物は後から放り出しておくように伝えたから、もう彼女がこの屋敷に足を踏み入れることはないだろう。


 よし、ここまでしておけばイサベルをいじめる人間はもうこの屋敷にはいないわね。


 それにしてもイサベルとアーグレンを味方にしておいてよかったわ。


 危険を避けるという意味で彼らと関わることを避けていたとして、その味方にしていない状態で侍女を拘束して連れ出したりなんかしたら…完全に私が悪者だと思われるものね。信頼って大事。


 悪役令嬢リティシア、聞こえてる?信頼って大事なのよ。まぁ…貴女の辞書にそんなものないでしょうけど。

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