第154話 同じじゃない

「では、我々は団長の支援に行って参ります。殿下とリティシア様を襲った不届きな奴らは必ず捕らえてみせます!」


「ありがとう。頼んだぞ」


「はい!」


 騎士団は相変わらずの熱血な返事をすると、この場に数人を残して階段へとなだれ込んでいった。


 …一応この場に何人か残すという考えはできたらしい。熱血騎士団の評価が少し上がった。


 まぁ心配してくれてた時点で評価は上がってたんだけどね。


 階段を降りていく騎士団の姿が完全に見えなくなった頃、唐突に誰かの焦ったような声がかかる。


「これは一体…まさかお前は…!」


 声の方角に目を向けると、そこには見たこともない男が立っており、その男は顔を隠すように深くフードを被っていた。


 この特徴はイサベルを攫った男、それから途中で襲ってきた男達の特徴と一致する。

 私は即座に彼が奴らの仲間であることに気づいた。


 そして男は何故かアレクシスを指差すと、憎しみに満ちた眼差しを向ける。


 何故アレクシスにだけ?仲間が全員捕まったことを察したのなら騎士団の方を憎めばいいのに。


 アレクシスは困惑しながらも男の言葉の続きを待った。


 …残った数人の騎士達はというと、男を捕らえるタイミングをじっと伺っているようであった。


「この国の…王子か!」


 あぁ、そうか、こいつもアレクシスの正体を知っているのね。


 その場に王子と騎士団がいたらバカでも指揮してるのは王子だと分かるわよね。


 …こいつらは王子の顔を…いや特徴を知っているのね。イサベルを攫ったあの男だってアレクシスの正体に気づいた。


 ただの平民が…それも影の世界で生きるような奴らが王子を知っているなんて…随分と不思議だわ。彼らの中に情報通な人間がいるのかもしれないわね。


 あるいは…彼らを裏で指揮する貴族とか…。


 まぁ考えすぎか。前回のパーティにアレクシスは出た訳だし、きっとこっそり参加したか、他の平民から特徴を聞いたのかもしれないしね。


「そうだ。お前の仲間は全員捕らえた。大人しく降伏しろ」


 アレクシスが普段とは違う、威厳のある声でそう呟くと、男は再び強く睨みつけた。


「結局こうか…王族は俺達みたいな貧乏人を救うどころか捕まえて処罰するんだな」


 悔しそうに、怒りに震える声で呟く男にアレクシスは冷静に答える。彼は罪人に対しても、決して見下すことなく、ただ真っ向から向き直っている。


 これは貴族、ましてや王族となればあり得ない出来事だ。


「違う。貧乏人を処罰するんじゃない。犯罪者を処罰するだけだ」


「どっちだって同じじゃねぇか!犯罪を犯す奴らの大半はな、金もなく家もない…そんな連中ばかりだ」


 男は怒り狂った声から一転、悲しそうな声色で語る。アレクシスは黙ってそれを聞いていた。


 彼が男を見つめる視線には、軽蔑でもなく、憐れむでもなく…ただ、悲しみが込められていた。


「…何もなかった俺達が、呪いの力を手に入れることでようやく誰かを従える力を手に入れた。そこら辺で適当な女を捕まえて売るだけで結構な金になる…こんな良い商売他にないだろ?」


 …可哀想だって思って聞いていたわよ。今の今まではね。でも女の子を売ってそれを良い商売って言うなんて…そうね。とりあえず一回ぶっ飛ばしていいかしら。


 私達の表情から感情を察した男は口元で寂しく笑ってみせた。


「…ふざけんなって顔だな。俺達からしたら王子だって何も変わらない。使うものが呪いじゃなくて権力なだけだ。権力を行使して自分より弱い他人を従わせる…結局俺達と何も変わらないじゃねぇか!」


「なんですって!?」


 思わず私の口から大声が飛び出てしまい、全員の視線が一気に集中する。


 コイツ黙って聞いてれば好き放題言いやがって…。


 あんた一回悪役令嬢に生まれ変わってみたら!?私の方がよっぽど可哀想よ!

 殺される為だけに生まれてきた私の気持ち、あんたには分かる訳!?


 それに…何も変わらないって言ったわね。

 何も変わらない?…笑わせてくれるわ。


「権力というのはただ持っているだけでは勝手に消えていくものだわ。何もしなければ信頼と共に失っていく。でも仮にそれを持ち続けたとしたらそれは相当な努力があるからよ。誰かを信じ、誰かに信じられる…そんな関係を彼は何年もかけて築いているの。それを…あんたみたいな悪党と同じだなんて絶対に言わないで!」


 私が言いたいことを全て言い放ち、強く睨みつける。男の標的が、王子から私へと移ったのをはっきりと感じた。


「この女…生意気言いやがって!」


 男は怒りに目を血走らせ、手をこちらへ向けてくる。その手に魔力が集まったかと思うと、それは瞬間的に放たれた。


 勿論一般の平民の魔力なんてたかが知れている。アーグレンやイサベルを除いてそこまで魔力の強い人間はいない。


 だが彼は驚くほど素早く魔法を放った。私は驚いて反応が一瞬遅れてしまった。彼の放ったなんとも形容し難い色の何かが私の目前にまで迫っていた。


 咄嗟にアレクシスが私の前に飛び出し、大量の魔力を凝縮した水の魔法を放つ。二つの魔力はぶつかり合い、次の瞬間、水の魔法がもう片方を完全に包み込み、弾け飛んだ。


 そして騎士達は一斉に男に駆け寄るとそのまま地面に組み伏せ、その腕を縛り上げる。


 男は悔しそうに表情を歪めていたが、やがて観念したように俯いていた。


 ふぅ…当たっても大したことなかったでしょうけど流石にちょっとびっくりしたわね。


 ふと、振り返ったアレクシスと目が合い、急激に恥ずかしくなった私は彼に思い切り背を向ける。


「…リティシア」

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