第155話 主人公の忠誠
「…何よ。またどうして庇うのかって聞くならもう答えないわよ!」
「違う」
えっ、違うの?
それはそれでよく分からないんだけど…なんだろう…?
ただ呼んだだけとかかしら…。
いやでもどう考えても、何か言いたげだよね?
私は振り返らずに言葉の続きを待っていたのだが、特に何も発言がない。
え?もしかして「違う」だけで終わり?
否定で終わらせたら後味悪いじゃない。
ちゃんと言ってよ…。
私が文句を言おうとしたその瞬間、突然彼の腕が伸びてきて、私を強く抱きしめた。
…なにこれ、後ろから抱きしめられてるんですけど…!?
心臓が高鳴り、鼓動がどんどん早くなっていく。だがそれは正直なところ、私のものなのか彼のものなのかは分からない。
ただ一つ分かることは…彼も私と同じ様に緊張しているということだ。
何故こうなっているのか全く理解できずに、ただただ混乱していると耳元でアレクシスが不安そうに呟いた。
「…無事で良かった。」
そっか…心配…してくれたのね。
当たっても大したことない程度の魔法だったけど…それでも心配してくれたんだ。
「あ、当たり前よ。私がそう簡単にやられる訳ないじゃない」
冷たく言い放つ予定だったのだが、状況が状況故に声が震えてしまった。
「そう…だよな。それから…ありがとう。庇ってくれて」
「それはもう…さっき言ってくれたじゃない。このドレスと…沢山のドレスをプレゼントしてくれた時に」
「もう一回、いや何回でも言わせてくれ。あの時も、今も…庇ってくれてありがとう」
否定の言葉を言わなければならない。彼を突き放す何かを。それなのに、何も言葉が出てこなかった。
私は何かを発することを諦めて、無言を貫く。彼が自ら離れることを…切に願って。
「でも…そのせいでお前が危険になるのは嫌だ。頼むからもっと自分を大事にしてくれ」
あぁこの人は…どれだけ私を苦しめれば気が済むのかしらね。
彼は…私がどれだけ悪役らしく振る舞っても…結局その裏に隠された本質を瞬時に見抜いてしまう。だからだろう。今の私の発言が本音であると、きっと彼は察したのだ。
でもね、何故私が貴方を庇ったか…そこまでは気づかなくていいわ。気づいてしまえば最後、別れが惜しくなってしまうから。
私は唐突に、その腕を振り払った。
「自分を大事にしてくれですって?面白いわね。私はいつだって自分が大事よ。ただ気に入らなかったから怒っただけ。勘違いも甚だしいわ」
貴方の中の最後の記憶の私は、悪役であってほしい。貴方が…罪悪感を感じないように。
だから私は、貴方のその表情も、見なかったことにする。私との思い出も全部、主人公との思い出で塗り替えればいいの。
そうすれば…寂しさなんて絶対に感じないから。
…ねぇ、そんな顔しないでよ。これから楽しいことが待っているのに。悪役令嬢のことなんて綺麗さっぱり忘れていいのよ。
今日のデートのことだって…なかったことにしていいんだから。私が貴方を庇ったことも、貴方に言ったことも、何もかも全部気まぐれだと思っていい。
私は、ホントに…何とも思ってないから。
「リティシア公女様!アレクシス王子殿下!」
唐突に可愛らしい声が飛び、私達は反射的にその方角を見る。そこには心配そうにこちらを見つめるイサベルとアーグレンの姿があった。
「グレン!」
「イサベル…。無事だったのね」
私がそう呟くと同時に後ろから騎士が続々と出てきて、私達が道中倒してきた連中、それからイサベルを捕まえていたあの男が縄に縛られて現れた。
誘拐犯…奴隷売買人達は皆意識を失っているようだが、死んでいるのではなくただ気絶しているようであった。
イサベルは心配そうな表情から一転、真剣な眼差しをこちらに向ける。そして真っ直ぐ私達の元へと歩み寄ると、地面に跪き、頭を垂れた。
「アレクシス=エトワール王子殿下、そしてリティシア=ブロンド公女様…貴女方は私の命の恩人です。本当に、本当に有難うございました。今この瞬間を持ってこの私、イサベル=シャルレッタは…生涯お二人にお仕えする事を誓います。どうぞお二人のお好きなようにお使い下さいませ」
流石は主人公。自分を助けてくれた相手に対しての礼儀を忘れていないわね。でも簡単に人に忠誠を誓うもんじゃないわ。私みたいな悪役令嬢には特にね。
「…イサベル、顔を上げて」
「…はい」
「貴女が無事で本当に良かったわ。でも直接貴女を助けたのは私達じゃない。アーグレンよ。彼にお礼は言った?」
「勿論でございます。アーグレン騎士団長様には既に感謝を申し上げました。ですが私の恩人はアーグレン騎士団長様だけでなく、お二人も同様です。どうかお礼をさせて下さい」
「…分かったわ。」
さて、この後この子を普通に家に帰す訳にはいかない。幸いこっちに恩を感じてくれているみたいだし、なんとかして私の家に連れて行かないと…。
あぁそうか、原作のリティシアがやってた方法でイサベルを連れていけばいいんだわ。
「…ねぇ、私の家に来ない?貴女を使用人として雇ってあげるわ」
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