第145話 見つけた

 私達は階段を降りると、人二人並ぶのが精一杯な広さの通路を進んでいく。


 道中幾度となく現れた高い段差は両手で身体を持ち上げて乗り上げるしかない。階段で地下へ行かせておいて上へ登らせるとは製作者は一体何を考えているのかと疑問に思わざるを得なかった。


 …主人公を抱えたままこの段差を通ったって考えると凄いわね、あの誘拐犯の男…。


 こんな風に変な地形にしていれば子供や女性に逃げられにくいと考えたのかもしれないわね。逃げられにくいかどうかは知らないけど侵入も大変って面倒な場所ねホント…。


 ドレスだと本当動きにくい…けど一応公女だし間違ってもTシャツに短パンとかは着れないのよね…公爵令嬢は面倒ね。


 前世で楽な服装を着てベッドでごろごろして過ごしてた日々が懐かしいわ。


 …ベッドでごろごろは今もやってるか。


 高すぎて一人では登れない段差はアレクシスに引き上げてもらい、ようやくそれらしき場所に辿り着いた。


 一本道が急に広くなったかと思うと、両側には大きな鉄格子が置かれ、それがずっと奥の方まで続いている様子が現れた。


 個室に分けられた牢屋がいくつも設置されていて、その数までは把握できない。牢屋の中には力なく地面に横たわる人や、こちらを見てはいるものの目に光が灯っていない者など絶望の二文字を浮かべる人々がおり、ただ静かに時を過ごしていた。


 主人公と同じ様に攫われてきた人々なのであろう。一体どれだけ長い時をこの灯りの殆どない寂しい空間で過ごしてきたのだろうか…。


「…これは…」


 衝撃の光景にアレクシスは思わず言葉を漏らす。その言葉にすら反応する人間はいない。


 恐らく私達も誘拐犯の仲間だと思われているのだろう。だがそれを弁解する余裕はない。


 私には探さなくてはならない人がいるのだから。…可哀想だが、彼らの事は後回しにするしかない。


「ほっとけない気持ちは分かるけど私が探してるのはこの人達じゃない。」


 相当衝撃を受けたのか、ただ呆然と立ち尽くす彼を私は強く睨みつける。私達が現れるのが遅くなればなる程主人公の生存確率が減ってしまう。ここで引き返す事も、時間を潰す事も絶対に許されないのである。


 アレクシスは私の瞳を暫く見つめる。そして黙って頷くと私の手を取り、歩くスピードを早めた。


 どこまでも続く牢屋の中を私の炎を頼りに探っていくとやがて体育座りで不安気に表情を歪ませた可愛らしい少女が現れる。


 暗くてあまり見えないが彼女は間違いなく茶髪に金色の瞳の少女だ。つまり…主人公と考えて間違いはないだろう。


 牢屋を覗き込む私達の存在を近づいてくる炎で察したらしい彼女は驚いて顔を上げる。そして彼女は怯える様子を一切見せず、静かに呟いた。


「…貴女方は私を攫った怪しい男の仲間ではありませんね。その美しい瞳を見れば分かります」


 流石は主人公。私達が誘拐犯ではないと確信したようね。…でも正直貴女を貶める悪役令嬢だから誘拐犯よりたち悪いわよね…。


 まぁこの可愛い女の子はそんな事夢にも思わないんでしょうけど。


「お二方、どうかここからお逃げ下さい。私がなんとか時間を稼ぎます。ですから早く…!」


 なるほど、私達はここに迷い込んだもしくは連れ去られたと思われているようね。そう思うのも無理ないわ。


「よく聞いて、私達は逃げようとしてるんじゃない。貴女を助けに来たのよ。……イサベル」


「……どうして私の名前を」


「さぁ。何故かしらね」


 彼女の顔を見た瞬間に名前が自然と思い浮かんできた。失っていた前世の記憶が、主人公の圧倒的存在感によって蘇ったのだろう。


 彼女の美しい金色の瞳が驚いて揺れている。


「いえ、お気持ちは有難いですがきっとすぐに奴らが現れるでしょう。私を助けてくれるお二方を危険に晒す訳にはいきません。どうか早くお逃げ下さい。」


「イサベル、すぐに出してあげる。早く逃げるわよ」


 鉄格子の隙間から手を差し伸べると、イサベルは焦ったように首を横に振る。


「お、おやめ下さい、私を助けることでお二方に迷惑がかかったら…!」


「平気よ。気にしないで。むしろ貴女がいない方が迷惑なのよ。さっさとこんなとこ抜け出すわよ」


「ですが…」


 イサベルは何故自分をそこまでして助けようとするのかが理解できないらしく、困惑したようにこちらを見上げてくる。


 一刻も早く彼女を連れてここを出なければまたあの男が戻ってきてしまうかもしれない。


 私は焦りから思わず声を荒らげかけたがそこでずっと隣で沈黙を貫いているアレクシスの存在に気づく。


「…アレクシス、さっきからどうして黙ってるの?」


「…アレクシス…?そのお名前は確かこの国の…」


 イサベルが驚いたように声をあげたが、私は特に反応せずにアレクシスを見つめる。当の本人であるアレクシスは自ら名乗るでもなくただじっと一点を見つめていた。


「…イサベルさん、その腕…見せてくれますか」


「?…はい…」


 アレクシスはイサベルに袖を捲くるよう指示すると、彼女は言われるがままに袖を捲くる。


「これは…!」

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