第144話 潜入
それらしき場所は他にない。ここが小説で書かれていた場所だと考えて間違いはないだろう。
では何故いるはずの主人公がいないのか。それだけが分からない。
ただ呆然と延々と続く闇を眺めていると突然肩に軽い衝撃が走る。
「リティシア!どうしたんだよ、いきなり走り出して…」
彼は私の肩に手を置き、困惑気味に問いかけてくる。私はそれには答えずに一人、考え込む。そして思考を巡らせた末に、とある結論に至った。
「……そうか、遅かったんだわ。私が来るのが遅すぎたんだ!」
「えっ?」
「お願い、茶髪に金色の瞳の女の子を探して。その子を見つけるまで今日は帰らないわよ!」
アレクシスの両肩に手を置くと、私はそう宣言する。そして再び走り出そうとしたのだが、そうはさせまいと私の腕を彼が掴んでくる。
「茶髪に金色の瞳の女の子…?一体誰なんだそれは」
「説明は後よ、その子を見つけないと何も始まらない!」
私は彼の腕を強引に振り払おうと自分の腕に力を込めた。その時だった。
「離して!お願い!誰か…助けて!」
必死に助けを求める女性の声が私達の耳を貫いた。その叫びで全ての状況を理解したらしいアレクシスは私の腕を離し、即座に手を取ると走り出す。
こういう時の男主人公の正義感って凄いわよね…。
恐らく今主人公が置かれている状況はこうだ。
現れるはずの私が来るのが遅すぎたせいで、本当に誘拐犯に攫われてしまい、今正に連れ去られようとしているのだろう。
声の聞こえた方角を目指し必死に走り、行き止まりに辿り着いたのだが、やはりそこには誰もいなかった。
…ように見えたのだがよく見ると地下へ続く階段に嫌がる少女を無理やり連れて入る男の後ろ姿が見えた。
男が入っていくと同時に入り口は少しずつ狭まり、部外者の侵入を排除する仕組みとなっていた。私は徐々に閉まりゆく入り口に焦り、「その子を離せ」と大声で叫ぼうとしたのだがアレクシスがそれを制する。
彼は素早く呪文を唱え、地下への入り口に向けて水の渦を飛ばす。水の渦はなんとか閉まる入り口の取っ掛かりを作り、強引に再び入り口を開いていく。
幸いにも男はそれに気づかずに階段を下っていった。
「随分原始的な魔法ね…」
「これしか思いつかなかったんだ。男の姿が完全に見えなくなったら入ろう。ここで気づかれたらあの子を助けられなくなってしまうから」
主人公の対応力って半端ないのね。普通は取り乱しちゃうわよ…。
それともこういう誘拐現場になれてるのかな…王子様とか高貴な身分の人はこういう変な事件に巻き込まれそうだものね…。
でも大丈夫よ、これからは主人公が貴方を護ってくれるからね。主人公の事は私が絶対に助けてあげる。
男の姿が完全に見えなくなったその瞬間を見計らい、私達は不気味な階段へと近づく。
太陽の光の届かないその世界はどこまでいっても深い闇が続くのみで、まるで中に入ったら生きて帰れないかのようなそんな雰囲気を醸し出している。
「リティシア、俺が入るからお前は騎士団に連絡を…」
「バカね。あの子は私が助けるわ。今そう決めたの。もう後には引けない」
「…分かった。じゃぁ一緒に行こう」
…私が一人で行くという選択肢はないのね。
そう言いかけたがアレクシスが女性一人で暗闇に行かせるなんてよく考えなくともあり得ない話だと思った。確かこういうところも前世での人気の一つだったわよね。
そして私達が慎重に中へ入ると、無理やり取っ掛かりを作っていた水の渦が消え、徐々に入り口が閉まっていく。
閉まりゆく入り口がもう引き返せないということを静かに示唆していた。
「次ここに戻る時は主人公がいる時よ」
「…主人公?」
「…主人公みたいに可愛い子ってことよ。さ、行きましょう。」
「…あぁ」
どうも納得がいっていない様子であったが、私はその一切を話すつもりがないということを察したようであった。
私は静かに呪文を詠唱し、手に炎を浮かべる。暗い空間に唯一の光源が灯り、足元とその先の道を照らしてくれる。その瞬間に、入り口が重々しい音を立てて閉まった。
小説でリティシアとアレクシスがこんな明らかに怪しい空間に入り込むシーンなど当たり前だが存在しなかった。
存在しなかったということは私の微かに覚えている小説の知識は全く役に立たないということだ。ここから先は小説で言えば完全に番外編ということになる。
…まぁ本当に番外編があったとしてもリティシアとアレクシスは今の私達のような関係ではないだろうが。
騎士団に伝えるのを忘れてしまい、自分達を探しているのではと心配していたが、正直いたらいたでうるさいのでいなくて良かったと思う自分がいた。
心配はしてくれるだろうが、心配したところでちゃんと戦ってくれるのかどうかと言われればとても不安だ。
アーグレンがいない騎士団は言わば最強の支えを失った状態だ。…つまり支えがないからふらふら何処かへ行ってしまうのだ。不安。
…熱血騎士団はどうしても信じられない。
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