第140話 服屋
「…やっぱりリティシアは不思議だな。普通の令嬢なら自分の家の権力を使ってでもあの男の子を叱るのに」
「そんなことしたら子供が可哀想じゃない。あの子はただ楽しく走り回ってただけなんだから」
「うん。俺もそう思う。そう言えるリティシアが誇らしいよ」
「別に貴女に誇らしいと言われる筋合いはないわよ…」
無駄に嬉しそうに笑っているアレクシスに私は呆れた視線を向ける。そして彼が私のドレスの一部を見つめた瞬間、一気に表情が曇る。
「そうだ。ドレス…汚れちゃったな」
「仕方ないわ。あの子もわざとじゃないし…でも流石にこのまま歩けないわよね。着替えなんてないし…また騎士の方に頼む訳にもいかないし…」
「お呼びですか、リティシア様!」
「帰らないと燃やす」
「はい!失礼しました!」
私の「騎士」という単語に反応したのか突如暑苦しい集団が出現したので私がそう告げるとすぐに散っていく。相変わらず散る速度だけは早いのね。
というか燃やすは流石に冗談なんだけど本気に取られてないといいな…。
それからいくら王子の婚約者でも騎士団をこんな風に扱ったら怒るでしょ…。
なんでこの人は怒らないの?こんなに怒らない人なのに何故自分より小さい少年相手には怒るのよ?
「リティシア、着替えが必要だろうし、そのお店に入らないか?」
「そうね。その提案には賛成だわ。…でも一つだけ聞かせて。さっきはどうしてそんなに怒ったのよ?子供相手なんだから適当に誤魔化せばいいじゃない。」
「それは…」
「私と貴方は親に決められた婚約者というだけで私達の間に愛なんてない。親に決められたんだから親の意向によっては簡単に別れてしまう、そんな関係なのよ。貴方も分かっているでしょう?」
私は気づいていた。敢えてこう言うことで自分自身を無理矢理納得させようとしているのだということを。
会えば会う程惹かれてしまうのだから私自ら線引きを引かなければ後戻りが出来なくなってしまう。主人公に嫉妬し返り討ちに合う人生なんて真っ平御免だ。
今は傷つくかもしれないが、やはり私には彼を突き放すこの方法しか思いつかない。
彼を幸せにするシナリオに私はいらない。それを理解させる為に私は悪役になるのだ。
「それに…言ったでしょ。私達の婚約をこのままにしておくつもりはないって。婚約はあくまでも約束に過ぎないってこと、忘れないで頂戴」
私は完全に動きが固まってしまった彼の側を通りすぎ、店の扉の前に立つ。
あの時咄嗟に飛び出た大嫌いという言葉が間違っていたのは認めよう。だが今の私の選択は間違っていない。
…間違ってなんかない。
ずっと、誰も正解を教えてくれない問題をただ闇雲に解かされているような気分だ。永遠に正しい道を探して藻掻いている。
その中で唯一用意された正解に近いもの、つまり安全策があったとしたら…それを選ぶのがきっと正しいのだ。
安全策に逃げるなんて卑怯だと笑うのであれば笑えばいい。大好きな人の人生が私一人の手にかかっていると知れば…ずっと笑ってもいられないでしょうから。
「…言ったよな。簡単に諦められるものじゃないって」
ふと、背後でアレクシス何かを呟いた。
「何か言った?」
あまりにも小さな声で呟かれた為、私には聞き取れなかった。振り返ってそう尋ねるが、彼は私を誤魔化すように笑ってみせる。
「いや、何も。勿論分かってるよ。俺達が…親に決められただけの関係だってこと」
「…分かってるならいいわ。さぁ行きましょう」
ねぇアレク、いつかこんな悲しい関係は終わりにしましょう。例えどんな形になろうとも…私はいつまでも貴方と貴方の好きな人の幸せを祈っているわ。
「Welcome」と書かれた看板がかかった扉を開き、店内へと入る。店内の飾り付け自体はシンプルにされており、奥の方で数人の店員が様々な色の布を抱えてバタバタと忙しなく走っている。
数体のマネキンに飾られたドレスやワンピースはどれも派手とはいえないデザインで、貴族ではなく庶民向けのものを飾っているのだろうということが窺えた。値札をよく見てみると、明らかに貴族のものよりかは桁が少なかった。
…貴族のお客さんはこういう小さいお店には来ないのかもしれないわね。貴族のお嬢様は専属デザイナーに頼むという人もいるらしいけど…リティシアはどうだったんだろう?
まぁあの性格じゃ専属なんていつまで経っても無理ね。
暫く私達の存在に気づかずに走り回っていた店員であったが、その内の一人がこちらに気づき、青ざめる。慌てて駆け寄ってきたかと思うと、店員はこちらに丁寧に頭を下げてくる。
「いらっしゃいませ……え?」
どうやら彼女は私の背後に立つ存在を知っていたらしく、何度も目を擦って驚いている。
「突然訪問して申し訳ありません。このご令嬢…リティシアに似合いそうなドレスを持ってきて下さい」
店員は突然の事に驚きすぎて放心状態となっており、アレクシスの言葉などほぼ耳に入っていないであろう。
ぽかんと口を開けて呆然とこちらを見つめた後に我を取り戻し、戸惑いを隠せない様子で声を上げる。
「あ、あの…失礼ですが…で…殿下…ですよね?」
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