第139話 嫉妬心

 まさかの大号泣に私は慌てふためきハンカチを取り出す。それを自分のドレスではなく少年の瞳に軽く当てて、拭いてあげる。


「ちょ、ちょっと泣かないで…ソフトクリームなら買ってあげるから…!」


 気持ちは分かるけどどっちかって言うと泣くのは私じゃない…?お出かけ用のドレスを汚されたのよ…?


 これじゃこのドレスをこのまま着続けるのは無理ね。でもそれより先にまずはこの男の子にソフトクリームを…。


 って全然話を聞いてないじゃない。どうしよう、子供ってどうやってあやせばいいの…?


 私の前で延々と泣き喚く少年を見て人々は「可哀想に、貴族のご令嬢にいじめられたのね…」とあらぬ疑いをかけて去っていく。

 私の格好から貴族だと察し、そう考えたのだろうがそれはとんでもない誤解だ。


 …子供相手に被害者がどうとかこっちの方が辛いとか言っても伝わらないわよね。納得させるより先にまず泣くのをやめてもらわないと…。


 そして私はある事に気づく。先程まで隣にいたはずのアレクシスの姿がない。


 まさか、今このタイミングで主人公を見つけて駆け落ちしたとか…!?いやいくらなんでもそれはないわね…じゃぁどこに行ったのよー!


 早く帰ってきて!私まで泣きそうよ!


 そう思ったその瞬間、少年の目前に先程少年が持っていたものよりも多めに巻かれている豪華なソフトクリームが差し出される。


「はい、わたあめも一緒にどうぞ」


 更に追加で少年の顔をすっぽり覆う程に大きいふわふわのわたあめを渡すと少年の瞳から流れ落ちる涙がピタリと止まった。その二つを笑顔で差し出した人物は言うまでもなく、アレクシスであった。


「わぁ、お兄ちゃん良いの!?」


 アレクシスが比較的普通の服装をしていた事から王子であるとは流石に気づかなかったらしい。


「良いよ。その代わり次は誰かにぶつかったりしないように、よく前を見て歩くんだ。分かった?」


 アレクシスは少年の視線の高さまでしゃがむと、諭すように伝える。

 子供というのは実に単純で、自分に何かものをくれた人の教えを無条件に享受するものだ。


 少年は激しく頷いた後に笑顔で答えた。


「分かった!ありがとう!」


「お姉ちゃんにごめんなさいできる?」


「うん!お姉ちゃん、お洋服汚しちゃってごめんなさい…」


 へぇ、子供はこうやって扱えばいいのか…と素直に感心していると突然無垢な瞳を向けられその可愛さに胸が撃ち抜かれる。こんな目で見つめられたら許す他ないわよね…まぁ最初から怒ってないけどさ。


 私はアレクシスがしたのと同じように少年の高さまでしゃがみ込み、できる限り悪役に見えないような笑顔を見せる。


「大丈夫よ、気にしてないわ。私も前を見てなくてごめんなさいね」


 何故か少年の頬が赤くなったかと思うと、彼は再び溢れんばかりの笑顔を見せた。


「お姉ちゃん、とっても綺麗だね!まるで女神様みたいだ!」


「め、女神様?」


 女神様はこんな悪役みたいな見た目してないと思うな…。


 どっちかって言うと主人公の方が女神様よ。主人公は美しさと可愛さ、おまけに優しさを兼ね備えた究極の女性だもの。私とは全然違うわ。


「大きくなったらお姉ちゃんと結婚したいな!」


「それだけは絶対にダメ」


 異常に早い反応速度でアレクシスが返事をしたので何故お前が返事をするという視線を向ける。しかも表情がさっきまで少年に向けていた優しい顔ではなく、機嫌が悪そうにすら見える。


「えっ?」


「いや…リティシアは俺の婚約者だからってこと」


「あぁ…うん、そうね。でもそんなムキになって言う程の事でもないでしょ。子供が言ってることなのよ?どうせ大人になったら忘れちゃうわ」


「忘れなかったら?」


「忘れなかったら…その時はごめんねって言えばいいじゃない」


「そんなに簡単じゃないぞ。誰かを諦めるっていうのは。」


「それはそうだけど相手は子供じゃない…」


 何故か簡単には引かない彼に疑問を抱えながらも私は少年に目を向ける。よく分からないけどこのままアレクシスと話していても納得してくれなさそうだしね。


「お姉ちゃんはお兄ちゃんと結婚しちゃうの?」


「あぁ」


「だからそれはまだ決まってな…」


「じゃぁ僕諦めるね!お母さんに人のものを取っちゃうのは悪い人のする事だよって教えてもらったから!」


 確かに素晴らしい教育だけど別に私は人のものじゃないのよね…。


 少年の簡単に諦められる純粋すぎる心に私達は少し呆れてしまう。


 世の中の人がこんなに簡単に想いを諦められたらきっと平和な世界なんでしょうね。

 諦めるって言う点では私も彼に見習うところがあるわ。


「じゃぁね、女神様!お兄ちゃん!」


 満面の笑みをこちらに向けて去っていく少年に思わずツッコミをいれたくなる。


 さっき前を見て歩いてねってアレクシスが言ったばかりじゃない…。まぁ子供ってこういうものか。


「だから言ったじゃない。子供は簡単に諦めるって」


「そうだな、女神様」


「次そう呼んだら燃やすからね」


「ごめん…」


 それにしてもアレクシスが子供相手にあそこまでムキになるなんて意外ね。確かに形だけとは言えど婚約者が目の前で他の男(少年)からの結婚の提案を受けていたら嫌だものね。


 …自惚れるな、私。アレクが私のことを好きになる訳ないんだから。


 彼の目に映るのは主人公だってことは最初から決まってるのよ。…そう、最初からね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る