第137話 任務
そして時は過ぎて二人共ショートケーキを食べ終わり、少し話をした後に立ち上がる。すると背後に人の気配を感じ、驚いて振り返る。
「お客様、ご注文されましたケーキのセットでございます」
先程私達の正体を見抜いた店員の手には確かに私が頼んだものが存在していた。
やっぱりこのスピードは以上ね。何があっても私達を待たせる訳にはいかないという鋼の意思を感じるわ。
「ありがとう。お代はここで払うわ。いくら払えば良い?」
「いや、リティシアお代は…」
「黙って奢られときなさい。その代わりそれ以上に私に貢ぐのよ」
私はそう言うとポケットから無理やりお父様に押し付けられたお小遣いを取り出す。
渡された袋には金貨がぎっしり詰まっており、ルナによればこれは平民が一生働いても手に入らないくらいの値段だそう。
それを聞いて更に持つのが不安になったので返そうとしたのだが、お父様は受け取ってくれなかった。
可愛い娘に不自由があったら困るからということらしいが…だとしても限度ってものがあるだろう。こんなに甘やかされて育ったら確かになんの悪気もなく公爵家の財産を使い果たすわね。
リティシアにちょっと同情するわ…。
「いえ、殿下と公女様からお代金を頂く訳にはいきません」
「え?」
「どうか当店からの贈り物とさせて下さい。お二人がいらしたとなればこの店はますます発展することでしょう。本日は有難うございました。またのご来店お待ちしております」
そして店員は丁寧に頭を下げると、そのまま出口まで案内しようとしたので慌てて止める。
こんないい部屋を二人で独占しておいて料金を払わないなんていくらなんでもあり得ないわよ。そりゃぁ私のお屋敷とかお城とかと比べたら劣るけどいくらなんでも払わないっていうのは…。
しかし私とアレクがどんなに支払おうとしても頑なに受け取ってくれず、気づけば店の外へと連れ出されてしまったのだった。
「…改めて思うと王子様って凄いわね」
「好きで王子に生まれた訳でもないのにこんな風に扱われると申し訳なく感じるんだよな」
国で二番目に強い権力者である王子だから当然の扱いと言えば当然なのに彼は決してそうは考えない。ただ偶然、自分が王子に生まれただけなのに何故ここまでしてもらえるのか疑問にすら思っているのだろう。
だが私はそうは思わない。きっとアレクという人間だから王子という誰もが羨む立場に生まれたのだ。
もし私が神様だったら誰を王子にするか決める時に間違いなく彼を推薦すると思う。だからきっとそうなのだ。
彼は王子になるべくして生まれた。将来は皆に愛され、慕われる王様になる。それが全て決められてこの世に生を受けたのだろう。
悪を罰し、正義を愛するそんな王様になる。そうあるべきだと思うし、私もそうなってほしい。
彼の中で私という悪役令嬢は果たして悪なのか正義なのか。それはもう既に決まっていることね。
「…好意は有難く受け取っておくのが賢い選択ってものよ」
私はいつまでも申し訳なさそうにしている彼にそう言い放つと自分の手にぶら下がる荷物に意識がいく。帰り際に渡されたケーキのセットだ。
「これ、ずっと持っていたら悪くなっちゃうわね。どうしよう」
保冷剤がいくつか入っているとはいえ太陽の元に晒しておけばすぐに悪くなってしまうことだろう。どうすればいいか迷い、独り言のように言葉を漏らす。
「それなら問題ない。」
パチンと彼が指を鳴らす。
すると何処からか腰に剣を下げ、騎士服に身を包んだ人達が団体で現れる。
その胸に刻まれた紋章を見る限りどう見てもこの国の騎士だが、私は彼らがあまりにも突然現れたことに驚いて固まってしまう。
そしてアレクシスは固まっている私の手からケーキセットをそっと取ると、騎士に差し出す。
「これを大至急ブロンド公爵家へ。リティシアから屋敷の人への贈り物だ。中身を崩さないように丁寧に運んでくれ」
「畏まりました、殿下!」
騎士はアレクシスの声の何倍も大きい声で叫ぶので私は更に目を見開く。
突如現れた目立ちすぎる集団に、突き刺さる周りからの視線が非常に痛い。
大声で殿下とか言わないでほしい。正体に気づかれたら確実に騒ぎになるもの。
って、そうじゃなくて!
「ちょっと、騎士団をこんな風に使うのはまずいんじゃないの?」
「どうして?」
「だって私の騎士でもないし…アーグレンにだってこんなこと頼まないわよ。騎士の目的はあくまでも護衛だし…」
私の言葉を彼は否定しなかったから王室の騎士団であることは間違いないだろう。
だがその中にアーグレンの姿はない。彼も城へ帰っているはずだが、今日は着いてきていないのだろうか。
「ご安心下さい、リティシア様。殿下からリティシア様のお願いは何でも叶えるようにと言われておりますので、これも任務の一部です!」
「えっ、そんなこと言ったの?」
「確かに言ったけどそれを本人の前で言うなよ…」
騎士に言われてほしくないことを当然のように言われたのが流石に恥ずかしかったらしく、彼はなんとも言えない表情を浮かべて耳を触っていた。
それは嬉しいけどそのリティシア様の部分が主人公に変わる日が近いと思うとちょっと複雑よね…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます