第136話 奪って
私は時間と共に冷静さを取り戻し、全ては自分が撒いた種だと無理やり納得することにした。
大人しく席についたのだが、正直死ぬ程恥ずかしくてその場から逃げ出したかった。
私だけからかって遊ぼうと思ったのに完全にしてやられたわ…。人をからかうって難しいのね…。
「リティシアはショートケーキが好きだったんだな」
「…さぁ、どうかしら。あんまり自分の好きなものなんて考えたことなかったから分からないわ」
自分に対してそんなに関心がある方ではなかったので前世でも好きなものは何かと聞かれても毎回返答に困っていた気がする。…そもそも誰かに聞かれることなど殆どなかったが。
私は自分に興味がなく、何かに熱狂的にハマれるような性格でもなかった。ただ本だけは違った。
学校で孤立しても、家で孤立しても、本だけは私を裏切らないから。だから暇さえあれば色んな本を読み漁って、それで偶然にもこの本…「悪が微笑む」…原作小説に出会った。
アレクシスというキャラクターは決して現実ではあり得ない完璧王子だと当時は思っていた。
あり得ないと分かっていたのに、主人公にも、他の人にも限りなく優しくし、権力を振りかざすことのない王子らしくない王子に気づけば夢中になっていた。
他のどの本を読んでも彼程夢中になれるキャラクターなど何処にも存在しなかった。だから私にとって彼は特別で、唯一無二の存在なのだと言える。
…でもそれはキャラクターとして好きだという意味だったはずなのに、こう色んな一面を知ると人の気持ちも変わってくるものなのね。
「でも凄く美味しそうに食べてるぞ?」
「…それはここのシェフの腕が良いって可能性もあるじゃない」
「いや俺はリティシアはショートケーキが好き説に一票入れるよ」
「それは一体何処の誰が何の為に行った投票なの…?」
さっきのやり取りも含めて思うことなんだけど、アレクって意外とふざけるのよね。アーグレンもそうだけど…やっぱり親友は似るものなのね。
でも小説の最初のページにあったアレクシスの性格の欄に主人公を愛する真面目な王子様って書いてあった気がする。確かアーグレンに関してもクールな騎士団長みたいなそんな感じだったわね。
とんでもないわ、もっともっと彼らを表す単語が他にあるはずよ。
アレクは単にかっこいいだけじゃなくて可愛いし、アーグレンは親友の為なら命をも投げ出せるという正しく戦いに生きる騎士なのに何故か甘いものが凄い好きだし…。
実際に彼らと関わってみるとイメージはこうも変わるものなのね。私が読んでいた原作小説には本当に二人の一部しか描かれていなかったんだわ。
…私がアレクを好きになってしまうのも当然かもしれないわね。
だって小説だけでは知り得なかった一面をほぼ強制的に知ることになるんだから。誰だって好きなキャラクターが私にだけ色んな一面を見せてくれたら嬉しいものね。
…アレクを主人公に譲ったらもう私と彼が会う事は生涯ないんだろうな。自分で望んだくせに今更そんな事言ってもしょうがないけどさ…。
でも結構かっこいいじゃない。大好きな人の為に自分は身を引くってさ。
どうせなら最後までかっこいい悪役令嬢でいたいわ。
私が転生したのが主人公だったら…また何か違う展開になっていたのかな…。
先程までの羞恥心も、怒りも何もかも吹っ飛んでただ無の表情でショートケーキを口に入れる。
あんなに美味しかったはずのケーキの味は何も感じられなかった。
やだな、折角楽しい時間なんだから美味しいものを食べて過ごしたいのに。
この時間はどう足掻いても永遠に続かないんだから…。
「リティシア」
「…何?」
「さっきは悪いことしちゃったからさ…俺のも食べたかったら食べていいよ」
彼なりに責任を感じていたらしいが、できればその話は墓場まで持っていってほしい。完全に私の黒歴史でしかないから、是非記憶から抹消して頂きたい。
「いらないわよ貴方の食べかけなんて。美味しくなさそうだもの」
「誰が食べても味は変わらないと思うけどな…」
「文句ある?」
「ないない。いらないならいいんだ。」
彼のお皿に乗っているショートケーキをよく見るといちごを食べた以外は殆ど食べられた形跡がなく、どうやらいちご以外は全て私に譲るつもりだったようだ。
あれは私が撒いた種だからアレクが気にする必要はないのに。こういう事されるとホント困るのよね。
…私が離れ難くなっちゃうじゃない。
それにしても、なんで私が酷いことを言ってもこうやって側にいてくれるんだろう。
おかしな話よね。王子様が悪役令嬢の側で笑ってるなんて。
とっくに嫌われていてもおかしくはないのに…結局嫌われずにずるずるここまで来ちゃったわ。
仲が悪くなるどころか仲が良くなる一方だったからもう一分一秒でも早めに主人公が現れることを願うしかないわね。
私がアレクなしでは生きていけなくなるその前に、さっさと現れて私から奪い取ってほしい。
主人公の圧倒的魅力の前なら、私もきっと諦められるから。
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