第135話 からかい
「じゃぁ俺もそれにしようかな。確かベルを鳴らせって言ってたよな」
「えぇ。思いっきり鳴らしてやりなさい。今までのストレスを発散するようにね」
「…そうだな」
「…今笑ったでしょ」
「…笑ってないって」
「全く、この私を笑う人なんて貴方くらいよ。ホント王子様は怖いもの知らずね」
よくリティシアを前にして笑っていられるわよね。隣国のエリック殿下も私を恐れるどころか威圧してきたし…。
一歩間違えば灰になるかもしれないのに、大した度胸よね。王子は皆こうなのかしら?
そしてアレクシスがベルを鳴らそうと触れたその瞬間、どこからか店員がすっ飛んでくる。既に近くで待機していたらしい。
来るのが爆速すぎてちょっと驚いてるアレクを見るのは非常に笑える。
そりゃぁ王子様と公爵令嬢を待たせる訳にはいかないわよね。その気持ちも分かるわ。
…分かるけどベルに触った瞬間飛んでくるのは如何なものかしらね…。間違えて触っただけだったらどうするのよ。
彼は戸惑いながらもショートケーキを二つ注文し、そこで私はある事に気づいた。
王子って普通はデザートがいくつも用意されてるものじゃない?なんてったってこの国一番の金持ちなんだから。
でも私に合わせて一つしか頼まなかったのかしら?いや私も公爵令嬢だからもっと頼むべき?でもそんなにいらないしな…あぁもう自分が金持ちであることを恨む日が来るなんて!
どうすればいいのか分かんないわよ!!
ああとっても庶民だった頃が恋しい!!
「リティシア、食べないのか?」
私が勝手に悩んでいるといつの間にか時が進んでいたらしく、目の前には真っ赤ないちごの乗った美味しそうなショートケーキが置かれていた。
はっ、えっ、もう来てたの?…食べよ。
「…今食べようとしてたのよ」
明らかに気づいていなかっただけなのだが彼は空気を読んで特にツッコまないでくれた。
何も言わないでくれるのは有難いわね…。
そして私はフォークでいちごを突き刺すとある事を思いつく。そして口元でにやりと笑ってみせた。
「はい、あーん」
「えっ」
私がフォークを自分の口ではなくアレクシスの方に向けると案の定彼は驚いて固まってしまう。
ふふ、予想通りね。さっきから悪役令嬢らしさが皆無だったからね。こうなったらもう盛大にからかってやるわよ。
今の立場を全力で楽しんでやるわ。
「ほら、食べないの?」
いちごが落ちない程度に上下に振ってみせて急かしてみるが、彼は未だに驚いて固まっている。
そして彼は何を思ったか本気でそのいちごを食べようと口を近づけてきたので慌てて手を引っ込める。
そのままポンッと自分の口に放り込むとアレクシスはなんとも言えない表情をする。
「嘘よ。これは私のいちごだからあげないわ」
本気で食べようとするのは意外だったけどこうやってからかうつもりだったしね。これで嫌な女アピールはできたでしょ。
…ちょっと拗ねてるの可愛いわね。ごめんってば。
それにしてもこのいちご美味しいわね。口に入れた瞬間甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がっていって…正に一度食べたら忘れられない味ね。
私っていちご好きだったのね。全然知らなかったわ。
「リティシア、はい」
「え」
アレクシスはやり返しのつもりなのか先程の私同様意地悪な表情を浮かべてみせる。
彼はいちごを刺したフォークをこちらに向けていた。
「ほら、食べないのか?」
また私と同じ様に上下に降ってみせたので完全に仕返しだと察した私は軽く口を膨らませる。
「ちょっ…どうせ私の真似して嘘って言って自分で食べるんでしょ!その手には乗らないわよ」
私は腕を組み、彼とフォークから視線を思い切り背けるとそう告げる。
そうよ、初めから罠だって分かってるのにわざわざ引っかかるバカなんてどこにもいないわ。
だが仕返しされるという展開を全く想定していなかった私の顔には急速に熱が集まっていったので、早く熱が逃げるのをただただ祈った。
「いや?俺は本気だけど」
その予想外の言葉に驚いて思わず私は視線を戻してしまう。彼は先程の意地悪な笑みをやめ、ただこちらを真っ直ぐ見つめていた。
…え、何よこの展開は?ちょっとからかおうとした罰?謝るから許してよ!
こんなのどうすればいいか分かんないわよ!
…これ、私が食べないと展開が進まないのかな?いや、でも…。
もう!自分が撒いた種よ、責任持って受け入れるしかない!こんなの一生ないチャンスなんだから、なるようになれ!
思い切って食べようと口を近づけたのだが、私の口がいちごに触れることはなかった。
「はい、残念」
何故なら彼の手はくるりと向きを変え、私が食べるはずであったいちごは悲しいことにアレクシスの口の中に放り込まれたからだった。
「…ぷはっ、ごめん、そんな顔するとは思ってなくて。」
…信じられない…私分かってたのに騙されたの…?
先程までは完全に私のペースだったのにいつの間にか彼に全部持っていかれていたことに今更気づき、沸々と怒りが込み上げてくる。
溢れんばかりの羞恥心はそのまま怒りへと切り替わり、私は自然と立ち上がる。
「燃やす…」
「えっ、待ってごめん、冗談だって!」
「冗談でもやっていい事と悪い事があるじゃない!」
「だってリティシアもやってた…」
「問答無用、灰にしてあげるわ」
私の両手に宿る炎を前に、流石のアレクシスも身の危険を感じ始める。
「ごめん!そんなに怒るなんて思ってなかったんだよ!」
「もう!絶対許さないわ!!私のいちご!」
ほぼ半泣きで叫ぶと彼は冷静に私の言葉に返事をする。
「…元は俺のなんだけどな…」
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