第138話 熱血

「というかずっと着いてきていたの…?」


 今更その事実に気がつき今更驚いているとアレクシスは居心地が悪そうに視線を逸らす。


「断っても聞いてくれなくてさ…。言わなくてごめんな。折角着いてきてくれるならリティシアのお願いも聞いてあげてくれって伝えておいたんだ。もし俺に何かあったとしても彼らがリティシアを護ってくれるから安心してくれ」


「貴方に何かあった時点で私に残されているのは死よ。安心できる訳ないでしょ」


 それに彼らだって自分の主人である王子と、なんでもない公女のどちらを優先するかと言われたら間違いなく王子を選ぶに決まっている。


 結局二人同時に危機に瀕したら私の死は確実ね。男主人公と一緒だとハプニングが起きやすいかもしれないから気をつけないと。


 …私を護れるのはいつだって私自身。私は前世からずっとそうやって生きてきたんだから。


 アレクが私を護ってくれるのは私が婚約者だから…。それも失えば私を助けてくれる人なんてきっと誰もいないわ。


 私はいざという時の為にこの魔力を磨いておかなきゃね。


 そしてアレクシスが何か言葉を発するより早く、騎士団の内の一人が声を上げる。


「ご安心下さいリティシア様!この命に代えてもお二人をお護り致します!!そうだよな、お前ら!」


「はい!!」


 その声はやはり人一倍うるさく、切実に黙ってほしいと願う程であった。


 しかも一人や二人ではなく全員うるさいのだからとても問題だ。普通問題児というのは団体に一人や二人程度が限度であろう。


 それによく見ると一番初めに声を上げたのはあの時お城でアレクを呼びに来た騎士のようであった。


 あの時は私のことを怖がっていたはずなのにこの変わりようは一体何なの…?


「ちょっと、皆がびっくりしちゃうから静かにして。」


「はい!!リティシア様!!」


「もういいや好きにして…」


 なんというかさ…高校の応援団みたいなノリ今すぐやめてくれないかな。騎士団はもっと近寄りがたい威厳のある雰囲気を醸し出していてほしいわ…。


 私は私が注意しても尚声を張り上げる騎士団に呆れ、額に手を当てため息をつく。


 …私についた騎士がアーグレンで良かったと心から思ってしまった。ここまで熱血でバカでかい声出されると毎回驚きかねないからね。


 アーグレン以外が私の護衛騎士候補だったら三秒で城に帰していたわね。絶対に。正直三秒持つかも微妙なところよ。


 私の心情を察したアレクシスはできるだけ早く届けるようにとだけ伝えると騎士団を散らせる。


 熱血騎士団は一応騎士だったらしく、騒がしい返事と美しい敬礼をした後に瞬く間に散らばったかと思うと、素早く姿を消していった。


 悪役令嬢の為に騎士にケーキセットを運ばせる王子様ね…。熱血騎士団さんごめんね、完全に関係ない労働をさせてしまったわ。


「騎士団ってあんなに熱血なのね…」


「いやアイツらが特に熱血なだけでグレンみたいに落ち着いている騎士もいるよ。…何人かは」


「…アーグレンも心だけ見れば熱血じゃない。貴方の為ならなんでもできる忠実すぎる騎士だもの」


「確かに言われてみれば…。もしかして熱血じゃないと騎士になれないのかな…」


「それはおかしいわよ…」


 あまりにもアレクが真剣に呟くから騎士になる条件に熱血があるのかどうか私も気になってきたわ。


 あんな応援団みたいなノリだとアーグレンみたいな普段から落ち着いている騎士はついていけなくて早くやめてしまいそうね…。


 それにしてもアーグレン騎士団長は団員がこんなに騒がしいと苦労しそうね。仕事が長引いて私の家に帰ってこられないのも納得だわ。


 騎士達がいなくなり、静けさを取り戻すと私達は歩き始める。この店を出た後に行く先は決まっておらず、ただ自由に歩くだけだ。


「熱血すぎて溶かしたりしないかしら…」


「物理的に熱い訳じゃなくてただ騒がしいだけだから大丈夫。ちゃんと任された仕事はやってくれるよ」


「そうね。あの中に炎の魔法の使い手がいないことを祈るわ」


「リティシア様からの初のお願いだー!」とか大声で叫んでケーキセットを燃やされたらたまったもんじゃないからね。


 ちゃんと届けてくれるか不安だけど家に代わりに届けてくれるのは有難いし信じることにしようかな。


 …ただ彼らが本当に私達を護れるのかは疑問ね。頭に血が上ってただ剣を振り回すだけとかじゃないと良いんだけど…まぁそれでも王室騎士団だしね。信頼はできる…わよね。


 でも正直騎士団よりもアレクの方が強いんだろうな…。騎士団でアレクに勝てるのはきっとアーグレンだけだわ。


 魔法ならアレクと主人公、剣ならアーグレンがきっと最強…よね。


 私は…なんにも最強じゃないわね…一般人よりは強いけど所詮悪役の魔力だし、剣なんて握ったこともないもの。


 悪役にするならせめて主人公を上回る魔力を与えてほしいものだわ…。


 というかこうして最強候補二人に自然と出会えるって凄いことだけど…これが偶然じゃないとしたらやっぱり私は彼らと対立する悪役として生きるしかないのね…。実際には完全な悪役としてじゃないけど。


「リティシア!」


「えっ」


 突然アレクシスが驚いた様子で声を上げたので私は一気に現実に引き戻される。


「あぁ…」


 その聞き覚えのない落ち込んだ声に私が下を向くとそこには私よりもずっと幼い少年の姿があった。


 彼の手にはソフトクリームが握られ、それはコーンから溢れて私のドレスに付着していた。背が低かったせいで完全に気づかなかったがどうやら前を見ずに走っていて私にぶつかったらしい。


 へぇ…この世界にもソフトクリームがあるのね…まぁショートケーキがあるんだから当然か。

 私も後で食べようかな。


「僕のソフトクリームがぁ…!わぁぁぁん」


 少年は瞳を潤ませ、大声で泣き喚いた。


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