第126話 親心

「リティ…貴女は本当に良い子ね。分かったわ。それは貴女に任せる。でもね、どんな理由があろうとも貴女が泣いた事実は変わらないわ。婚約破棄まではいかなくてもやっぱり怒らないと気が済まないわ」


「そうだ。今すぐにでもお城に乗り込んで王子の話を聞かなければ納得出来ない。リティを少しでも傷つけるような人間に…リティは絶対に渡さない」


 なんでここまで言っても理解してくれないのよ…もう私が何か悪いことをしたって話をでっち上げるしかないのかしら?


 そう思ったその時、私の前に背の高い人影が伸びた。


「奥様、旦那様、落ち着いて下さい。少しばかり話を聞いておりましたが、リティシア様の様子を見るに本当に何かをされた訳ではなさそうですよ」


 窮地を救ってくれたのはこの屋敷で働く優秀な執事であった。まさか執事になだめられるとは思っていなかったらしいお母様は口を膨らませて反抗する。


「あら執事、私達が間違ってるって言いたいの?可愛い愛娘を護りたいって思うのは当然のことだわ」


「勿論、奥様と旦那様のお気持ちは重々伝わっております。それはちゃんとリティシア様にも伝わっておられると思いますよ。ですが話を聞かないというのはあまりよろしくありません。もし仮に殿下が何もしていなかった場合に抗議文を出してしまったら、嫌われてしまうのはリティシア様なのですよ。どうかよくお考え下さい。」


「…そうね。リティは殿下が好きなんだものね…悔しいけどきっと私の事よりも…ごめんなさい。貴女の事を考えてるつもりが、全然考えられていなかったわ。」


 これはとっても純粋な疑問なんだけど、なんで皆私がアレクシスを好きだって決めつけるんだろう。


 いや合ってるけどさ。

 そんなに分かりやすいのかな私って…。


 まぁ本人には気づかれてないだろうし別に良いか…。アレクシスが鈍感でホント助かったわ。


「リティ、私より…父さんより殿下の事が好きなのか…!?ホントなのか…!?そんなバカな…」


「アーゼル、何を驚いてるのよ。リティを見ていれば分かるでしょ。悲しいけど私達じゃ…ダメなのよ。さっきの私達はただ殿下に嫉妬してただけ。悪い男だったら良いのにって思っただけなのよ。」


 なるほど…だから全然話を聞かないで聞いたとしても都合の良いように捻じ曲げていたのね。


 …リティシア、ホントに良い両親に恵まれたのね。


「…こんな両親でごめんね、リティ。」


 ほぼ魂が抜けているお父様を気にも留めずにお母様は私の頭を優しく撫でてくれる。


 その瞬間デイジー嬢に頭を撫でられたあの瞬間を思い出したが、それとはまた違う幸福感に満たされた。これこそが親のみが持つ力なのだろう。


「いえ、私を心配してくれているだけだということは初めから分かっています。ただ、殿下を悪く言うのはやめて下さい。彼は…完全な無実ですので」


「分かったわ。そこまで貴女が言うんだから殿下はちゃんと良い人みたいね。安心したわ。」


 そして未だ放心状態のお父様の背中を信じられない程強い力でお母様がぶっ叩くとお父様に再び魂が宿る。


 正確にはその衝撃でハッと目を見開いていただけなのだが、魂が舞い戻ったようにしか見えなかった。


「リティは…私達より殿下の事が…」


「いつまで言ってるのよアーゼル。貴方って一度落ち込むとどこまでも落ち込んでいくわよね。付き合ってた頃からなんにも変わらないわ。ただのバカね」


「今日は特にリリーの暴言が酷い…」


「ふふふ」


 お父様が違う理由で落ち込み始めたことに気づきながらもただ微笑を浮かべるのみのお母様は流石悪役令嬢の母親だと言わざるを得ない。


 …だがその笑みに悪意は一切感じられず、彼女はとても楽しそうだった。


「奥様と旦那様は本当に今も昔も変わらず仲が宜しいですね。奥様と旦那様、それからお優しいリティシア様の側でお仕えできてこの私めは本当に幸せでございます。」


 その事実を心底嬉しく思っているのか、彼は優しい笑みを浮かべてみせる。お母様とお父様もそれにつられて満面の笑みを浮かべた。


「それにしても、さっき私に怒られかけたのによくそんなことが言えるわね?」


「奥様が本気で私を怒ったことなど一度もございませんよ」


「確かにそうね。私が本気で怒るのはアーゼルくらいだもの」


「リリー?」


「怒ってもらえるだけありがたいと思いなさいね」


 夫婦というよりはまるで年頃のカップルと形容した方が正しいのではと疑ってしまうような会話に、私の口からは思わず笑い声が漏れる。


「ふふ…」


 そしてすぐにその事実に気づき慌てて口を噤む。


「あっ、すみません」


「アーゼルをいじめるとリティが笑う…これは新発見だわ!さぁアーゼル私が心を痛めながら暴言を吐くわよ!心して聞きなさい!」


「その割には凄く楽しそうな笑顔だよリリー…」


「本当ですね…」


 お父様のその言葉には共感せざるを得なかった。


 そしてお母様は私の手を優しく握ると微笑む。その手は温かく、どんな悩みも苦しみも全て包み込んでくれるかのような、そんな気がした。


「ねぇリティ、何度も言うようでしつこいかもしれないけど…絶対に幸せになってね。それ以外は何も望まない。私達はいつでもそれだけを願っているわ」





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