第127話 無駄な感情
「はい…」
「どうしたの?どうしてそんな暗い顔をしているのよ。リティは殿下のことが好きなんでしょ?そんな顔してたら殿下も心配するわ」
「…そうですね」
「きっとすぐ仲直りできるわ。貴女の悩みも、苦しみも、時が全て解決してくれる。それでも無理な時は遠慮なく私達に相談してね。私達はいつでも貴女の味方よ」
「…お母様はどうして私にそこまでしてくれるんですか?」
「貴女は私の娘なんだから当たり前でしょ?」
娘じゃないと言ったらどうしますか?
思わず言いかけたその言葉を慌てて飲み込む。
この言葉を口にすれば最後、私の平穏は一瞬にして崩れ去る。
頭がおかしくなったと思われるのであればまだいいが…本気でそれを信じられてしまえば私はこの家から追い出されるだろう。
愛する娘を奪った存在を彼らが同じ様に愛するはずはないのだから。
私が彼らの愛を享受する権利などどこにもない。本来ここは悪役令嬢と呼ばれたリティシアの居場所であり、私はどこまでいっても部外者にすぎないのだ。
…とはいえ、リティシアの運命を変えたのは私だ。彼女の身体に私が入らなければ「リティシア」はいつまでも乱暴で傲慢な悪役のまま生涯を終えたはずだろう。
もし彼女がもう一度この身体に戻ることがあるならば、是非反省して密かに生きていってほしいものだ。
…それが出来れば処刑なんてされないって?
…私もそう思うわ。
このまま隠し通せたとしても、いつかはお母様とお父様に話さなければいけない日が来るわね。
例え処刑される程の悪役令嬢であっても、彼らにとっては唯一の娘でしょうから…。
部屋に戻り、ベッドに横たわると、先程の私の忘れがたい発言が蘇る。
あんなことが言いたかった訳じゃなかったのに。最近の私はどうもおかしい。
リティシアになりきると決めたはずなのに…周囲の人と仲良くなればなるほどに決意がどんどん揺らいでいく。
私と周囲の人との関係がいくら変わっても役割は変わらないのに。
私はどう足掻こうとただの悪役令嬢にすぎないのに…。
悩みは減るどころか膨らみ、私をずっと苦しめ続ける。
これから一生この悩みを背負っていくのか。いっそのこと内容を知らなければよかったのに。
小説の中の世界だなんて気づかなければ、私はただ純粋に彼を愛したことだろう。
…きっと私は別れた後も他の人を好きになることなんて出来ないんでしょうね。
初めはあくまでも大好きな「キャラクター」であったはずなのに、今では人として彼を好きになり始めている気がする。
そして悲しいことに私の好意に気づいている人間が何人も現れている。
正直この気持ちも、それに気づく人間も、私の目標の妨害にしかならないのだから困る。
だがこの気持ちはどうにもならない。
以前お母様が言っていたように、好きになる気持ちは誰にも止められないのだから。
なんて厄介で…残酷な感情なのだろうか。
この感情を消せるのであれば笑って彼の幸せを祈れるのに。
この感情があるからこそ、希望に縋ってしまう。私が彼と一緒にいてもいい未来があるのではないかと、無駄な期待をしてしまう。
そんなものはないと私が一番分かっているはずなのに…。
「お嬢様?入っても宜しいですか?」
一人感傷に浸っていると扉の向こうからそんな声が聞こえてくる。私は少しだけ返事が遅れてしまった。
「…えぇ。どうぞ」
扉を開き、入って来たのは予想通りルナであった。先程は流れで別れてしまったような感じであったがまだ言いたいことがあったのだろうか。
そう思ったその時ルナの手に白いふわふわしたものが乗っていることに気づく。
「それは?」
「冷やしたタオルです。優しく目に当てて下さいね。間違ってもゴシゴシ擦ってはいけませんよ。それでは完全に逆効果ですからね。」
あぁ、目が腫れてるのを気にして持ってきてくれたのね。
流石、侍女長の座に登りつめただけあるわ。
「それから今日は出来るだけ早く寝て下さい。夕食はお部屋に運ぶよう命じておきましたが宜しかったですか?」
「流石ルナね。そうしようと思っていたの。」
「それは良かったです。…お嬢様に何があったのかは聞きません。聞きませんが…私もお嬢様の幸せを祈っています」
「…もしかして聞いてたの?」
「すみません。聞くつもりはなかったのですが、通りかかった際に聞こえてしまいました。」
そりゃこの屋敷で働いてるんだし近くを通れば聞こえるわね…。
私に怒られたと思った彼女はタオルを持ったまま少し俯いてしまう。
「いや、いいのよ。気にしてないわ」
「こんなに優しいお嬢様を苦しめるだなんて殿下は噂とは違うお方なんでしょうか…」
「もう、どうして皆私が落ち込むとアレクシスのせいにするのよ…彼は関係ないわよ。私が悪いだけなんだってば」
私の言葉に彼女は驚いて、何度も瞬きしてみせる。
私、何か変なこと言ったかな…?
「本当に変わりましたね、お嬢様。お嬢様が誰かを庇うだなんてこの屋敷がひっくり返っても起きなさそうな出来事でしたのに。お嬢様を変えたのはもしかして…殿下ですか?」
「…バカなこと言ってないで早く仕事に戻りなさい。タオル、ありがとうね」
「とんでもございません。では失礼致しますね」
彼女が部屋を出ていくと同時に私は再びベッドへと飛び込み、ふかふかの布団を被る。
そして目を瞑ったのだが、いくら時間が経っても眠れる気配は起きなかった。
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