第125話 屋敷

 デイジー嬢に皆には伝えておくからもう帰って下さいと言われたのだが、思わず引き留めたのはデイジー嬢じゃないかとツッコミかけた。


 だが彼女に悪意は一切ないので責めるつもりはない。


 屋敷に着くと扉の前をうろうろと忙しなく歩いていたルナが真っ先に駆け寄ってくる。彼女は私の姿を見て驚き、心配そうに言葉を発する。


 もう涙は出てないはずなんだけど何にそんなに驚いているのかしら。


「お嬢様、目が…」


 そうか、目が腫れてるのね。泣いたって事は隠すつもりだったんだけどこれじゃ隠せそうにないわね。


「一体何があったんですか?お嬢様が泣く程の出来事だなんて…」


 …リティシアが泣くなんてある意味一大事なのかもね。


 リティシアに泣かされた人は数え切れない程いるでしょうけど逆にリティシアを泣かせられる人間なんて殆どいないんでしょうから。


 もうルナに知られてしまったのは仕方ない。

 適当に誤魔化して部屋に戻ろう。


 夕食は今日は部屋に運んでくれと伝えて…お母様とお父様には絶対に会わないように…。


 絶対に…。


 そう思った瞬間、目の前に一番会いたくなかった人物が二人揃って現れてしまった。


 こうなれば下を向いて誤魔化そうと思ったのだが案の定彼らは娘の変化に一瞬で気がついてしまった。


「リティ!お帰り…ってどうしたのよその目は!?泣いちゃったの?ねぇ一体何があったの!?」


「リティ、正直に言いなさい。ティーパーティで何か言われたんだろう。安心しなさい。父さんが見つけ出して必ず制裁を…」


「い、いえ違いますやめて下さい!」


 話を聞いてもいないのに二人共戦闘態勢になるのはどうして!?この家系は怒ると火を纏うのが当たり前なの!?


 …私も人のこと言えないけどさ!


 ティーパーティで何か言われたっていうのはあながち間違いじゃないけどそれとは全然関係ないことで泣いてたのよ…。


「相変わらずリティは優しいのね。でもいいのよ。公爵家の全ての権力を使ってその家を潰してあげるわ。さぁ言いなさい。どこの家?」


 そんな事言われて言える訳ないじゃない!

 そもそもそれとこれとは関係ないんだってば!


「面倒だから参加者を全員隅から隅まで調べ上げて怪しければ即…」


「ちょっ、ちょっと待って下さい!私の話を聞いてくれないんですか!?」


 その言葉に二人の動きが止まる。纏っていた炎が音もなく消え、ようやく少し落ち着いてくれたかと私は胸を撫で下ろす。


「その…ちょっと殿下と喧嘩しちゃっただけですから…」


 本当は全部私が悪いんだけど詳細まで話すとなんでそんなことを言ったのかまで説明しなきゃならないからね。


「それは…」


「殿下が悪いな。よし、今すぐ抗議文を…」


「だからなんで勝手に決めつけるんですか!違いますってば!」


 本気で書きに行こうとするお父様に抱きついて必死に止めるとお母様が代わりに書きに行こうとするので慌ててそちらも腕を引っ張って止める。


「全部私が悪いんです、だから気にしないで下さい」


「…こんなに優しいリティを傷つけるなんて許せないわねあの王子」


「あぁ、まさかそんな奴だったとはな…許せない」


「待って勝手な想像で悪口を言わないで下さい!本当に彼は悪くありませんから!」


 どうしよう、私が何かを言えば言う程アレクが嫌われていくんですけど。一体なんて言えばいい訳!?


「リティ、正直に言って。何か嫌なことされたんでしょ!?男なんて皆そうなんだから!」


「そうだよ、男なんて皆…え?リリーそれはちょっと酷…」


「そうよね。きっと辛いことも沢山ある。でも我慢してたらもっと辛いわ。私達にもっと頼っていいのよ。貴女は私の娘なんだから」


 うわぁ…どうしよう傷つけられる必要のない人達がどんどん傷ついていく。


 それにしてもお母様…男なんて皆そうって思っていたのね…遠回しにお父様を傷つけていることに気づいているのにわざと知らないフリをしてるわよね…。


 恐るべし公爵夫人。どこの世界でも奥さんは強いのね。


 …お父様がお母様に完全無視されて落ち込んでるのちょっと笑っちゃうわ。


「さてリティ。婚約破棄の書類を作るわよ!慰謝料はたっぷり貰って破棄するんだからね」


「ちょっ、だからアレクシスは悪くないってさっきから何度も…え?婚約破棄?」


 まさかお母様の口からその言葉が出るとは思っていなかった私は驚いて何度も瞬きをする。驚く私をよそに、お母様はあくまでも平然として呟いた。


「そうよ、嫌なら別れればいいの。殿下の他にも良い男は沢山いるわ」


「お母様、とんでもない誤解をした上にアレクシスを貶すのはやめて下さい…」


「あらリティ、いつから殿下をそう呼んでたの?私のリティをたぶらかすなんて許せないわね。やっぱり婚約破棄…」


 婚約破棄…そっか。ここで私が嘘をつけば抗議文を出してくれるってことだよね。


 …でも嘘なんてつけない。だって悪いのは私なんだから。


 それに彼にとっては全く意味の分からない抗議文が届いてもアレクシスなら本当に責任を取ってしまいそうだから普通にまずい。


 そして今別れるというのも時期的に色々とまずい。


 主人公が現れてから別れないと、他の人間に入り込む余地を与えてしまうことになるわ。


「お母様、お父様。本当に私が悪いので抗議文を出したり婚約破棄をさせようとするのだけはやめて下さい。婚約をどうするかは私自身で決めます」


 出来るだけ彼を傷つけずに別れる方法って…あるのかしら。主人公が現れた時に備えて色々考えておかなくちゃね。


 それと…今度は勢いに任せて言わないようにしないと…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る