第121話 ティーパーティ編 その7

「そう…じゃぁ貴方のお望み通りにしてあげるわ…」


 やめてよ、主人公が悪役に殺されても良いだなんて言わないで。


 主人公は悪役を退治する為に存在するのよ。だから全力で反抗しなさいよ。


 どうしてそんな顔をするの?


 私は振り上げた手を力なく下ろし、魔力を吸収し、身に纏っていた炎を消し去った。


 その光景にヴィオラ嬢がほっとして胸を撫で下ろした様子が見えた。

 彼女は無礼にも王族の袖を掴んでいることにどうやら気づいていないらしい。


 それはアレクシスも同様のようであったが…もしかしたら気づいていながら気にするつもりがないのかもしれない。


 彼は令嬢の方を見向きもせず、ただ黙って私を見つめていた。


「…私が本当に魔法を使ったらどうするの。いくら貴方でもただじゃ済まないわよ」


 いくら彼が男主人公とは言えど、悪役令嬢の魔力に耐えて無傷でいられる保証などない。


 彼は私がある程度の力を持っていることをよく理解しているはずなのに、焦るどころかこちらを止めようともしてこなかった。


 一体…何故?


「分かってたから。お前は…絶対に俺を攻撃しないって」


「…大した自信ね」


 私が嘲笑ってみせても彼は気分を害す様子を見せない。ホントに何者なのよ貴方。


 王子を攻撃しようとした婚約者を少しくらい怒りなさいよね…。


 そして私は彼から視線を背け、事態を把握出来ずにぽかんと口を開けているデイジー嬢へと向き直る。


「デイジー嬢…」


「はい…?」


「貴女の大切なティーパーティを台無しにしてごめんなさい。今後は私を呼ばない方が良いわ」


「そんなこと…!」


「こんな私を招待してくれてありがとう。楽しかったわ。邪魔者は大人しく消えるわね」


「リティシア様、待って…!」


 デイジー嬢は私の意図にようやく気づき手を前に差し出し私を引き留めようとしてくる。


 彼女に軽く微笑んだ後にアレクシスの横を通り過ぎようとしたのだが、彼は私の腕を掴んだ。


「リティシア、どこへ行く気だ?」


「…そうね。誰も知らないどこか遠くへ…なんてね。…離しなさい」


「嫌だと言ったら?」


「貴方の身体が消し炭になるだけよ」


「…リティシア、お前は本当はそんなこと…」


「貴方何か勘違いしていない?私が貴方を殺さない保証なんて一体どこにあるっていうの?あるとしたら誰が保証してくれる訳?良いから自分が危険な立場に置かれてることにさっさと気づきなさいよ」


 アレクシスを強く睨みつけるが、彼は動揺するどころか心配そうにこちらを見つめるのみだ。


 彼は私を逃さないように捕まえてはいるが、こちらが痛くならないように強くは力を入れていない。


「…リティシア…」


「…殿下、お取り込み中申し訳ございませんが…リティシア嬢は私と殿下を殺そうとしたんですよ?何故何もお咎めにならないのです…?」


 悪役令嬢に殺されそうになった哀れな自分を庇う様子すら見せず、ただこちらを心配するアレクシスの姿を疑問に思ったのか、不思議そうにヴィオラ嬢が呟く。


 アレクシスはそこでようやく彼女が自分の袖を掴んでいることに気づいたようであった。


「何故リティシアが貴女を怒ったのですか?」


「…え?」


「理由も知らないのに彼女を罰することはできません。今この状況では…私の袖を無造作に引っ張る貴女を罰するしかないように思えますけど?」


 まさかアレクシスから冷たい言葉を浴びせられるとは思っていなかったらしい令嬢は慌てて袖を離し、ドレスの裾を持ち上げ謝罪する。


 どういうこと?

 アレクは誰にでも優しいって設定だったはずなのに。そんな冷たい目を令嬢に向けるなんておかしいわ…。


「も、申し訳ございません、殿下。ですが…」


「リティシア、何があったのかお前の口から聞かせてくれないか」


 彼は再び視線を私に戻し、そう問いかけてくる。それに対する答えは…ただ一つだ。


「…貴方に話す事は何もないわ」


 彼は一瞬傷ついたような表情をすると、何も言わずに私の腕をそっと離した。


 ようやく開放された私は振り返らずに部屋を出ていく。


 そう、ただの一度も振り返らずに。


【アレクシス】


 彼女が出ていくのを止められなかった。


 それにしても彼女は…何故あんなに怒っていたのだろうか。


 あんな風に我を忘れて怒りを顕にするなんて…まるで過去の彼女に戻ってしまったようだ。


 このパーティの主催者らしい、どこかで見たことのある令嬢が扉の向こう側にいた執事らしき人物を呼びつける。


「執事、リティシア様を別室へご案内して。一番良いお部屋に連れて行くのよ!」


「しかしリティシア様はたった今出ていかれ…」


「分かってるわよ!だから早く追いかけてって言ってるの!私のリティシア様をこんな形で帰らせたら承知しないわよ!クビにしちゃうからね!」


 令嬢が執事に凄い剣幕で命令をすると、彼は面食らったように表情を歪ませる。


「わ、分かりましたから落ち着いて下さいお嬢様…」


「早く行きなさい!」


 リティシアと一体どういう関係なのかと問いたくなる程の発言に俺は驚かされる。


 私のリティシア様…?

 いつからリティシアは令嬢の所有物になったのだろうか。


 いやそんなことはどうでもいい。リティシアを追わなければ。あの…かつてのパーティの時と同じように。


 駆け出していく執事と同様に部屋を飛び出そうとしたのだが、誰かが腕を掴んでくる。


 腕を掴んできたのは先程俺の背後に隠れ、被害者であることを主張してきた令嬢だ。


 そして…よく見ればこの顔には見覚えがある。俺と無理矢理婚約しようとしたあの令嬢だ。


「殿下、そんなにリティシア様が大事ですか」


 彼女は俺を見上げる。


「あぁ」


 短く答えると令嬢の手を振り払い、俺は部屋を飛び出した。


 何故だかとても…清々しい気分だった。

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