第120話 ティーパーティ編 その6

 彼女は怒りを隠そうともせずに私の目を睨みつけてくる。


 彼女の瞳には…嫉妬の炎が燃え上がっていた。


 未熟であることを認めた上にそれでも尚私に突っかかってくるなんて…アルターニャよりもたちが悪いわね。


 勿論もちろん、身分的に脅威なのはアルターニャの方だけど。


「結局…身分のことしか見ていないじゃない。私は貴女よりずっと前に殿下と踊ったことがあるのに…!」


「踊ったこと…?」


 彼女の言葉に驚いて反復すると、彼女は怒りの感情を一転させ、得意げに胸を反らしてみせる。


「…えぇ。もしかしたら殿下と私が婚約していた未来もあったかもしれませんわ。殿下はあの時私と楽しそうにダンスを踊って下さいましたもの。あれが婚約の証拠だと思っていましたのに、彼は否定されましたわ…。一体何故でしょうか?」


 …あぁ、そう。

 アルターニャは我儘で傲慢ではあるけれどいつだってアレクの為に全力だったわ。


 でも貴女は…彼を傷つけているだけなのね。


「そう…貴女だったのね。貴女がアレクシスにそんなことを…」 


 確かパーティの時に聞いたわね…ダンスをしただけで婚約したと令嬢に騒がれたという話を…。


 貴女のせいでアレクは知り合いではない女性と踊ることが怖くなってしまったのよ。


 見知らぬ女性とも踊ることがパーティでの楽しみであり、醍醐味でもあると言うのに。


 貴女のせいでそんな当たり前のことができないだなんて…


 ホント…許せないわ。


 欠けていたパズルのピースが少しずつ当てはまるかのように、私の心が沸々と燃え上がっていくのを感じた。


 嫉妬の炎ではない…憎悪の炎だ。


 憎悪の炎は心の内のみに留まらず、気づけば私の身体を包み込んでいた。突如として現れた燃え盛る炎に、令嬢達の表情が一気に青ざめる。


「リティシア様!落ち着いて下さい!ここで魔法なんて使ったら…!」


 腕をかざし、吹き荒れる熱風に耐えながらデイジー嬢は私に声をかけてくる。


「デイジー嬢…時には理性よりも感情を大事にする時があるわ…貴女にもいずれ分かる」


「ダメです!折角リティシア様の誤解が解け始めているのに!」


「誤解が解ける…?何言ってるの、私は元からこういう人間よ。」


 彼を傷つける人間は私のこの手で消してやるわ。どうせ私は悪役令嬢なんだから。


 彼が少しでも幸せになれるように…この立場をフル活用してやるわよ。


「デイジー嬢、結局本性はこうなんですよ。リティシア嬢の本質は何も変わっていませんわ!殿下は何故乱暴な貴女をお選びになったんでしょうか?こうは言いたくありませんが…殿下の趣味を疑ってしまいますね」


「今…アレクシスを馬鹿にしたわね…?」


 私を纏う炎が怪しく揺れる。


「そ、そうとしか思えませんわ、そうでなければ貴女が選ばれるはずありませんもの…」


 彼女の言葉を受け、一段と強くなった炎に怯えながらもヴィオラ嬢は声を張り上げる。


 …よくこの状況で反抗できるわね。

 私は今すぐにでも貴女を…消し炭にできるのに。


「ヴィオラ嬢!どうしてそんなことを…!」


「分かるでしょう…リティシア嬢にだけは渡したくないのよ!」


 彼女がそう叫ぶと同時に私の炎がまた揺れる。


 私だってそうよ。私だってリティシアに…悪役令嬢なんかに渡したくなんかないわ。


 だからってなんでも許されるの?

 彼を手に入れる為に彼を傷つけても良いっていうの?


 そんな訳ない。

 誰よりも優しいあの人をそんな風に苦しめていい訳がないでしょう!


「リティシア!」


 唐突に、幻聴が聞こえたと思った。

 しかし扉が強く開かれた音と彼の姿が目に入ったことでそれが現実であると理解する。


「…貴方を呼んだ覚えはないわよ…アレクシス」


 溢れ出る魔力はそのままにアレクシスに対し冷たい視線を向ける。


 私を纏う膨大な魔力と目に見えて燃える炎に驚きながらも、彼は心配そうにこちらを見つめてくる。


 私はこんなに冷たい目をしてるのに…貴方はそんな眼差しを向けてくるのね。


 そして突如席を離れ私の側を駆け抜けていったのはあのヴィオラ嬢だった。彼女が身に纏う真っ黒いドレスが…まるで悪魔のようにも見えた。


 ヴィオラ嬢はアレクシスの目前で跪くと必死に自身の置かれた状況を訴え始める。


「殿下…お助け下さい!リティシア様が私を攻撃しようとしているんです!」


「リティシアが…?」


 ヴィオラ嬢はそれ以上は言葉を発さず卑怯にもアレクシスの後ろへと姿を隠す。どうやら彼の後ろが一番の安全地帯であると考えたらしい。


 私を悪者に仕立て上げて彼の後ろに隠れる…清々しい程の悪女だわ。


 面白いじゃない。


「アレクシス。そこをどきなさい」


 私が背筋も凍る程の冷酷な声を発するも、彼は一切怯まない。私の目をただ真っ直ぐに見つめるのみだ。


「リティシア、これは一体…」


「…どきなさいって言ったでしょ。そこをどかないのなら…貴方ごと燃やすまでよ」


 彼はその場を動かない。


 その美しい水色の瞳は、今も尚心配そうに揺れていた。


「…良いよ。お前がそうしたいなら」


 彼は迷いなくそう呟いた。


 なんで…前はそんなことダメだってはっきり否定してたのに…どうして良いよなんて言うの?


 まるで……私になら殺されても良いって思ってるみたいじゃない…。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る