第122話 ティーパーティ編 その8
【リティシア】
私が部屋を出てすぐに執事らしき人が追いかけてきた。無視することもできず帰る旨を伝えようとしたのだが、彼は私に頭を下げてくる。
「リティシア様、お怒りであることは重々承知しておりますが、申し訳ございません。デイジーお嬢様よりリティシア様の別室へのご案内を命じられました。宜しいですか?」
「…いえ、私はもう帰…」
「リティシア様をそんな気分のまま帰らせる訳にはいかないとお嬢様に言われました。どうか部屋へご案内させては頂けませんか」
「お気遣いは有難いけど私はもう…」
「…そこをなんとかお願いします…リティシア様が部屋にいないと分かれば私はクビです…お願いしますリティシア様…」
「わ、分かったから落ち着いて。部屋に行くわ。案内して」
「ありがとうございます!」
そんなに悲しい声色で悲しいことを言われたら断れないじゃない…。このまま本気で帰ろうとしていたのに。
まぁ少し待機したら帰れば良いわね。執事がクビにされない程度はいてあげないと…。
あれ…私ってこんなにお人好しだったのかな?きっとずっとアレクと一緒にいたせいかもね…。
これで私本当にアレクに嫌われたかな…。
というか今まで嫌われなかったのが不思議なくらいよね。
あの彼の傷ついた顔…そんな顔をさせてしまう私が貴方を幸せにできる訳がない。
早く主人公を…ヒロインを見つけて幸せにしてあげなくちゃね。
負のオーラを纏っていた執事が目に光を取り戻し、私を部屋へと案内する。
ごめんなさいね、私のせいでクビの危機を味あわせちゃって…。
執事は「何かございましたら何なりとお申し付け下さい」と呟くと、深く頭を下げて部屋を出ていってしまう。
さっきまで令嬢と王子を攻撃しようとしていた悪役令嬢への待遇とは思えないわね。
…まぁ、アレクに攻撃するつもりなんて初めからなかったけどね。
アレクの為に怒ったなんて知られたくなくて、あんな風に振る舞うしかなかったのよ…。
ふいに、扉をノックする音が聞こえる。
なんとなく、来るような気がしていた。
「…リティシア。」
返事はしない。
「…話は聞いたよ。さっき部屋を飛び出す直前に引き留められて、教えてもらったんだ。お前は…俺の為に怒ってくれたんだろ?」
窓から逃げてやろうかとカチャカチャといじったのだが厳重に閉まっており、開け方が分からなくて仕方なく断念した。
暫く沈黙の時間が続き、彼は扉を開けようとはしない。どうやら私の許可を待っているらしい。
「…入るなとは言ってないわよ」
彼はその言葉を許可だと捉えたらしく、ゆっくりと扉を開いた。
「…折角のティーパーティを壊してごめん。でもリティシアのことが心配だったんだ」
「何?私はティーパーティすら一人で出来ない愚か者だとでも思われてる訳?」
「違う。グレンから聞いたんだ。リティシアの様子が変だって。…何かを抱え込んでいるように見えるって聞いたから仕事を終わらせてお前の様子を見に来たんだ」
「…そう。それならただの誤解よ。気にしないで。ちょっと疲れてたからそう見えただけ。」
「…本当に?」
「本当よ」
私が何も話す気がないことを悟ったのか、彼は表情を曇らせる。
「そう、か…。それからさっきも言ったけどやっぱりお前は俺の為に…」
「そんな訳ないでしょ?たかが侯爵令嬢如きが王子の貴方を馬鹿にするなんてあり得ないから怒っただけ。他に理由なんてないわ」
「それだけ?本当にそれだけで怒ったのか?魔力を抑えきれないくらいに?」
流石に私の言葉に疑問を持ち始めたようね…。
アーグレンも貴方もほぼ同時期に…いやアレクはもっとずっと前から気づいていたのかもしれないわね。
「他に理由があったとして貴方に関係ある?なんだっていいでしょ。私が何をしたって貴方には関係ないもの」
「関係あるよ。だって俺はお前の婚約者なんだから」
「…貴方の袖を掴んだ令嬢が言ってたわ。私と貴方は父親同士の友情で結ばれた婚約だって。そうよ。それだけなのよ。私達の間には何もないの」
「…何もないって言うならどうしてそう何度も俺の為に動いてくれるんだ?お前は本当はそんな人間じゃないだろ?もっと優しい…誰かを想える人なはずなのに!」
「うるさい!」
私は思わず耳を塞いでそう叫ぶ。
遂に確信を持たれてしまった…私の行動の違和感に。
「アーグレンも貴方も流石親友ね。揃いも揃ってホントにうるさいわ。それで私を心配してるつもり?笑わせないで。私が何をしようとどう動こうと私の勝手じゃないの。口を挟まないでよ!」
こうなれば方法は一つ。頭のおかしい悪役令嬢を演じるしかない。
私が睨みつけると、アレクシスは困ったようにこちらをただじっと見ていた。
「ごめん、俺はそんなつもりは…」
「丁度良いから話しましょうか。」
「…話す…?何を…」
「あの時私に聞いたわよね。婚約についてどう思ってるのかって。…答えてあげましょうか」
私の発言に驚き、アレクシスは目を見開いた。
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