第109話 夕食

 私は再び広いベッドを贅沢に使って、暫く一人の時間を楽しんでいるとドアをノックする音が聞こえてくる。


 またアーグレンだと思ったのだが聞こえてきた声は全く違う高い女性の声であった。


「リティ〜?夕食の時間よ!一緒に食べましょ〜!」


 あぁ、もうそんな時間だったっけ。

 私は軽く返事をするとゆっくりと立ち上がった。


 昨日はお父様、今日はお母様が決まった時間に私を呼びに来た。


 家族三人揃って食事をとるというのがどうやらこのブロンド家の暗黙のルールらしい。


 以前は二人が会議に行っていていなかったから一人で随分と気楽に食べられたのだが、今はそうもいかない。


 気を遣わなければいけない時間でもあるのだが、一人で食べるより三人で食べる方が食事が美味しく感じるというのは不思議なものだ。


 お父様の仕事が長引いた時も、出掛けたお母様の帰りが遅くなった時も、ずっと相手を待っていて、三人揃うまで絶対に食べようとはしないのだ。


 予め帰りが遅いことを伝えていたり、泊まりで帰ってこないなどの場合を除けば、ほぼ確定で一緒の時間を過ごすのである。


 ちなみにアーグレンも一緒に食べようと両親も込みで誘っているのだが「私が護衛騎士であることを忘れてしまうのでどうか一人で食べさせて下さい…」と断られてしまった。


 …一緒に食べようっていうのがそんなに変なことだなんておかしな世界だよね。

 まぁ強要するつもりはないんだけどさ。


 そしてお母様に連れられて部屋に入ると、待ち構えていたお父様が私を見て微笑んだ。


「リティ〜!待ってたよ。さぁ皆でご飯を食べよう」


 お母様と同じテンションで私の名を呼ぶので思わず吹き出してしまう。


 そしてリティシアがそんなキャラではなかったことを思い出して慌てて真顔に戻したのだが、二人は嬉しそうにこちらを見ていた。


 席に着くと、二人は急にこんな話をし始める。


「最近はリティがよく笑うようになったわね」


「あぁそうだな。アレクシス殿下とアーグレン君のおかげかな?」


 …あぁきっと悪役令嬢リティシアは怒ってばっかだったんだろうな…。


「きっとそうね。でもリティ、絶対に浮気なんかしちゃダメよ。殿下がとっても悲しむからね!いくらリティが魅力的でも、それだけはダメ!…ね?」


「…分かっています。浮気なんて絶対にしませんよ。でも殿下ならいくらでも私以外に相手がいるでしょうし仮に私がダメになったとしても問題ないんじゃないでしょうか?」


 私が何気なく呟いたその一言にお母様とお父様の動きがピタリと止まる。


 突如静止してしまった二人を私が不思議そうに眺めると、お母様が軽く首を傾げた。


「あら何言ってるの?殿下にはリティしかいないに決まってるわ。ねぇアーゼル?」


「あぁそうだな。私もそう思うよ。こんなに可愛いリティなんだから殿下も相当惚れているに違いない」


 出たよこの清々しい程の親バカ…この人達には私が天使のように見えているのかな。


 居づらさ満点の空気だけど、なんだかリティシアのことを話している時はとっても楽しそうだしそれなら良いか。


 二人の笑顔を見ていると…娘さんを奪ってしまった罪悪感が少しだけ和らぐ気がするしね…。


「殿下はアーゼルの次に良い男なんだから、絶対捕まえておくのよ!もし逃しちゃってもお母様が魔法で捕まえておくから安心してね!」


 お母様が小さく炎を手に浮かべてみせるので私は思わずぎょっとする。


 お母様が娘の為に王子を拉致した挙げ句炎で脅す様子が容易に想像出来てしまったので慌てて否定の言葉を口にする。


「物理的に捕まえておくのはやめてください…」


「うふふ。それくらい本気ってことよ。でも殿下ならリティを傷つけるんじゃなくて、ちゃんと護ってくれる気がするわ。」


「でももし万が一殿下が何かしたらちゃんと言うんだぞ。リティのことは私とリリーでちゃんと護るからな」


「何もしないですよ。殿下は…優しい人ですから」


 その返答を待っていたのか二人は優しく微笑んでくれる。初めからアレクを悪く言うつもりは微塵もなかったようだった。


「あら、リティは殿下が大好きなのね」


「大好き…でも良いんでしょうか。私…なんかが。」


 私が彼を大好きでいる資格なんてあるのだろうか。あるとしたら一体誰が許可してくれるんだろう。


 主人公に倒されるただの悪役がアレクを…男主人公を想うなどと言うことが果たして許されるのだろうか。悪は常に悪でなければ物語が物語として成り立たないのに。


「リティ。誰かを好きだって気持ちは止められないのよ。リティが好きなら好きで良いの。誰かに許可されるようなものではないわ。」


「そう…ですよね」


 想うだけなら確かに自由だものね。別にそれ以上を求めなければ良い。ただ私は途中で退場して見守れば良い。嫉妬に狂った悪役なんかには絶対にならない。


 できる。私なら。いや、やるしかないのよ。


「その気持ちはきっと殿下にも伝わってると思うわ」


 伝わっていたら困るんだけどね…。なんで婚約破棄を言い出したのかって思われちゃうもの。


 でも確かあの時アレクは俺との婚約についてどう思ってるのかって言ってたから…もしかしたら婚約破棄したいなって思ってくれてるのかも…?


 そうなれば簡単に話は進むわね。

 私とアレクは晴れて他人に逆戻り。婚約なんてなかったかのように普通の日常へと戻る。


 …それが悪役わたしにとって一番良い理想なんだから。


 私は迷いを断ち切るように運ばれてきた料理にナイフを突き立てた。


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