第63話 身分

【リティシア】


 そして時は現在に戻る。


「…アーグレン」


「…はい」


「さっきからずっと棒立ちしているけど…貴方の席はそこよって何度も言ってるじゃない」


「いえ、お気持ちはありがたいのですが、私は護衛騎士ですので…いついかなる時も剣を抜ける体勢でいなければならないのです」


 先程から何度同じ会話を繰り返したか分からない。彼は私は護衛騎士だからの一点張りで全く座ろうとせず、私の側を立ち続けている。


 こちらの言葉に従わず、護衛騎士という立場だけを意識しているということは…明らかに私を警戒しているのだろう。


 まぁ、当たり前よね。親友の婚約者が嫌な奴だったらなんとしてでも阻止したいと思うもの。


 その為には…こちらを観察する必要があるはずだわ。


 彼のアレクへの思いが強ければ強い程…私が要らない奴だと判断されれば消される可能性が高くなる。


 流石にこんな序盤で退場はしたくないわ。まだなんにもしてないんだから…。したことと言えば色々悪役令嬢らしからぬ事をしたくらい…。


 そうよ、なんかアレクとは明らかに距離が縮まっちゃってるし、今の所マイナスにしかなってないわ。


 挽回のチャンスが欲しい。

 どうにかして味方につけないと。


 失敗したら死。でも成功すれば…私は格段に生きやすくなる。


 悪役令嬢の人生ってほんとに殺伐としてるのね…。例えるなら…生きるか死ぬかのデスゲームだわ。


 彼のアレクへの思いをどうにか私にも向けられれば良いんだけど…それは難しいかしらね。


 となれば私もアレクへの思いなら負けないからそれで争って…いや争ってどうするのよ。彼は騎士よ。敵意を感じ取られたらそれこそ秒で消されてしまう。どうにかその思いを共有するのよ。


 ルナのように簡単に心を開いてくれなそうだし…どうすべきかしら…。


 私はアレクの味方だよって事を伝えられればすぐに心を開いてくれると思うんだけど…単純にこの言葉を言うだけだと…ただ何かを企んでる悪女にしか思えないのよね。


 …悪役令嬢は会わずして人に嫌われる才能は天才的だからね。ほんといらない才能だわ。


 私が色々思考を巡らせているとふと背後から侍女達の声が聞こえてくる。彼女達はこちらを見ながら何かを話しているようだ。


 よく聞き耳を立ててみると、どうやらアーグレンについて話しているようであった。


「…ねぇ、アーグレンさんって凄く格好良くない?」


「ね、私はアレクシス殿下も好みだけどアーグレンさんのあの黒髪もたまらないわ!」


 なんというか…女子高生みたいな会話ね…。


 まぁ分からなくもないわ。アレクもアーグレンも他の人とは比べ物にならない程のイケメンだから。


 まぁ私は勿論アレク一筋だけどね。

 …私、誰に言っているんだろう。


「…公女様」


 普通に話しかけてくるところから推測するに彼には全く聞こえていないようだった。憐れな侍女達。


 ルナを除いた侍女達は私に怯えたり感情を無にして接してくるから、こういう人間らしい一面が見えるとなんか新鮮ね。


 でもアーグレンは主人公を好きになるから、残念だけど侍女達の出番はなさそうね。


「…どうしたの?」


「お仕えする上で、初めに言っておきたいことがあるのですが…よろしいですか?」


「えぇ。どうぞ」


 アーグレンから伝わってくる緊張感がそのまま私にも伝染し、心臓が音を立てる。


 一体何を言うつもりなの…?


 彼は私を信頼していないはずなのに、何かを伝えたいなんてことあるかしら…?


「私は…平民です、公女様」


 …なるほどね。


 面白いわ。その告白は…身分が重視されるこの世界では…重大だものね。


 私を試しているんだわ。どんな人間なのかを…知る為に。


 でもその作戦は貰ったわ。私の答えによっては彼を簡単に味方にすることが出来る。

 貴方自らチャンスをくれるなんてね…本当にありがとう。


 私は少し言葉に悩んだ後、口を開いた…その時だった。侍女達の彼に対する評価が、明らかに変わったのだ。


「え、今の聞いた?」


 まるで彼を嘲笑うかのような言い草。私は驚いて言葉を失った。


「なんだ、イケメンだと思ったのに残念…まさか平民だなんて。」


「よく見るとあの紫の目も不気味よね。毒に冒されてるみたい」


「今時黒髪って言うのもねぇ…なんか闇の魔法とか使いそうじゃない?」


 そうか、これが…これが彼にとっての普通なのか。貴族やアレクを除いた王族に馬鹿にされる日々…彼の容姿を褒めることはあっても出身を知った途端に手のひらを簡単に返してしまう…。


 そんな彼にとってアレクがいかに重要で特別か、今ようやく分かった気がした。


 そして同時にどうしようもなく…腹が立った。


 ガタン、と強く机を叩き、ゆっくりと立ち上がり振り返ると侍女達が凍りついていく様がよく分かった。


「…平民だから何?」


 侍女達は激怒した私を見ると、互いに手を取り合って生まれたての子鹿のように震えている。だが私はその様子を見ても可哀想だとは微塵も思わなかった。


「それが何?それだけでアーグレンの価値が下がるの?どうして?ねぇ…説明しなさいよ」


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