第64話 反論

「い、いえ、私達は何も…」


「そ、そうですわ、私達はえっと…リティシア様ともあろうお方が平民を護衛騎士になさるなんて…と思いまし…て」


 …こんなに平民への差別が浸透しているのね。悲しくなってくるわ。


 前世は貧富の差はあれど…身分制度もなく平等な世界だったのに。勿論完璧に平等とは言えないけど、ここまで酷くはなかったわ。


 …問題なのは差別を受けることを平民達が当たり前だと思っていること。それだけは変えなければいけない。


 貴族だろうが平民だろうが皆同じ人間なんだから…差別なんて醜いことをする必要はないのよ。


 アーグレン。見てなさい。貴方は私が…護ってあげる。


「平民を護衛騎士にして何が悪いの?簡潔に述べなさい」


「で、ですから平民なんて卑しい存在は…」


 言いにくそうに視線を逸らしながらも彼女はハッキリと「卑しい」という言葉を口にする。


 人の出身を知って手の平を返す人間と、努力で登り詰めた王室の騎士団長。


 本当に卑しいのは…どちらかしらね。


「彼は王室の騎士団長よ。これ以上高貴な存在なんてなかなかいないと思うけど?」


 さて、どう反論するのかしら?


「…リティシア様…出身は変わらないんです!アーグレンさんが食べ物もろくに食べれないような卑しい平民だったとしたら…そんな人間を護衛騎士にしたリティシア様まで侮辱されるんですよ!」


 私に訴えかけるようにうっすらと目元に涙まで浮かべる侍女に呆れて開いた口が塞がらない。


 私の価値が下がると言えば私の心配をしているだけだと思わせられる…なるほど、良い考えだわ。


 まぁそんなの…私に通用しないけど。


「もしそうだとしたら…そうさせたのは貴族よ。馬鹿にされるのはむしろ貴族の方だわ。…違う?私達貴族が平民達から税金を巻き上げてるんでしょう?」


「それは…卑しい平民達は高貴な私達にお金を支払う義務があるからです!」


 そんな義務聞いたことないんだけど…でもこれは侍女に限ったことじゃないんでしょうね。


 この考えが…この世界では当たり前なんだわ。平民は見下されて当然の世界…言語道断ね。許せないわ。


「卑しいとか高貴とか…本当は何もないのよ。王族はただ王族に生まれただけだし、貴族も同じ。平民だってその家に生まれただけだし、結局私達は何も変わらないのよ」


 私は諭すように出来る限り優しく伝えたつもりだったのだが、侍女は更に大粒の涙を流す。そしてふらりとよろめいたかと思うと、もう一人の侍女に抱きつき、頭を撫でてもらっている。


 …これは…悲劇のヒロイン作戦ね。


「…リティシア様…私達を平民と一緒にするなんてあんまりです…私はれっきとした貴族なのに!」


「…そうね。じゃぁ今から貴女の貴族としての権利を剥奪して平民にしてあげるわ。そうすれば平民と同じ扱いが出来るものね」


「リティシア様!もし今から私が平民になったとしても…元は貴族なんです!卑しい平民扱いが許される訳ありません!」


 自分の身分の危機を察した彼女は声を張り上げ、主人にいじめられる可哀想な使用人を演じ始める。


 私はその言葉を受け、深くため息をつく。


「…そう。随分我儘なのね。平民を卑しい卑しいと馬鹿にする癖に、いざ自分が平民になったら卑しくないということでしょう?じゃぁ結局身分ってなんなのかしら?本当に必要なもの?…その差別っていらないと思わない?」


「それは…」


 侍女は泣き落としが通用しないことに気づくと涙を止める。


 いくら私が前と変わったからって…泣くだけでどうにかなる訳ないでしょう。

 まぁ彼女の気持ちも分からなくないわ…。


 私にクビにされたくないから必死なのよね。

 実際はクビにする権限をもっているのは両親だから出来ないけど…私にも出来ることがあるわ。


 それじゃ小説の悪役令嬢リティシアみたいに…罰を下しましょうか。


「…クビにはしないであげる。その代わり…貴女達二人共…給料を減額してあげるわ。この程度で済んだ事を感謝なさい。」


「そんな!リティシア様、私達は今まで真面目に働いていました!お願いします、それだけは…!」


 そうよね。貴族にとってお金は重要だものね。ドレスに宝石、その他の贅沢品を買う為にお金は必須。お金があればあるほど貴族としての立場が確立されるからね。


 貴族が使用人として働くなんてそれだけで周囲から笑われる理由になるのに、減額されたなんて噂が広まれば確実に良い印象は与えられない。彼女達はそれを…恐れている。


 呆れるわ、結局最後まで自分のことしか考えないのね。クビにできるものなら本当にしてやりたいくらいだわ。


「あら、誰が反論しても良いと言った?私にどれだけ媚びようと結果は変わらないわ。諦めなさい」


「リティシア様…!」


「どうかご慈悲を…!」


「あぁ言い忘れてたわ。この事は他言無用よ。もし誰かに話したりしたら…」


 私は侍女達を見ながら机に食べずに放置されていたクッキーを手に取る。


 そして無表情のまま淡々と呪文を唱える。その瞬間、炎が一気に燃え盛りクッキーを包み込むと、それは瞬く間に灰へと変わった。


「次は貴女達が…こうなる番よ」


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