第62話 騎士の葛藤
早速明日屋敷に来るという約束をし、部屋を出ると、私は未だに自分が言われたことが…信じられなかった。
いくら悪女とは言え殺すなんて…。
確かに簡単だろう。剣術を幼い頃から学び、騎士団長にまで登りつめた私ならば、簡単に出来てしまう。
…簡単すぎる。…戦場の敵でもない、ただの悪女と呼ばれる令嬢だ。いくら陛下の命令でもこればかりは…。
それになによりリティシア嬢はアレクの婚約者だ。アレクは最近の彼女を…とても気に入っているようだったのに。
確かに私も心配だがアレクの嬉しそうな様子は本物だった。私には分かる。
それなのに陛下は…私に親友の婚約者を殺させようというのか…?
仮にアレクが騙されていたとして…本当にリティシアが酷い人間だったとしたら…どうすれば良い。
私は彼女を…殺さなければならないのか…?
ただの令嬢を…親友の婚約者を…この手で。
いくら陛下の命令とはいえ殺してしまえば私とアレクの関係は破綻する。アレクは二度と私を親友と呼ばないであろう。
…それでも良い。それでアレクが結果的に救われるならば。だけどもし…リティシア嬢が本当に変わっていて、優しい令嬢であったとしたら…私は彼女を殺す必要がない。
…勿論例え悪かったとしても暗殺をされる程の悪女ではないはずだが。
もし、仮に優しい女性であるならば私は…なんの罪もない令嬢を殺す事になってしまうのだ。
陛下は自分の目で判断しろと言った。
…だが平民の意見など一体誰が聞くだろうか。アレクくらいだ。平等に耳を傾けてくれる王族は。
つまり私に最初から…選択権はないということ。
リティシア嬢を殺せ。…私に命じられたのはそれだけなのだ。
暫く悶々と考え込んでいると気づけばすっかり日が暮れていた。
…あまりにも帰りが遅いと団員達も心配するだろう。急いで寮に戻らなければ。
…団員達に今の出来事を相談することは到底出来ない。団長の不安や緊張はそのまま団員にも伝わってしまうのだから。
私は普段通りに振る舞うしかない。
漠然と廊下を歩いていると鮮やかな青い髪の青年が視界に入る。
彼があまりにも悲しそうな顔をしていたので声をかけるか迷ったが、こんな時こそ話しかけるべきかもしれない。
「…アレク」
それは小さく呟くような声だったのだが、彼はすぐに気づき振り返る。
「グレン…!」
私はそこでアレクが見ていた部屋の存在に気づく。そこは紛れもなく皇后の部屋であった。
アレクが皇后の部屋に来るとは珍しい。よっぽどの用がなければ彼が母親を訪ねることはなかったはずだ。ということは…何かがあったのだろう。
「アレク、どうしてこんなところに?」
「俺は…ちょっと用があってな。…ごめん。いつか話すよ。グレンはどうしてここに?」
「私は…陛下に呼ばれたんだ。…リティシア嬢の事で。」
「リティシアの事で?」
「あぁ。」
彼はそれが一体どんな内容であるのか気になるらしく、私をじっと見つめてくる。だがその全てを話す訳にもいかない為、言葉に詰まってしまう。
「…護衛騎士。私がリティシア嬢の護衛騎士に任命されたんだ」
「なるほど護衛騎士…護衛騎士!?どうして突然?いや待てよ護衛騎士か…。それは良い考えだな!」
先程の陛下の発言が衝撃すぎた私にとって、何が良い考えなのか全く分からなかった。
私のその困惑した表情に気づいたアレクが「あのな」と説明を始める。
「実は今日リティシアが…危険な目にあってしまったんだ。俺が…側にいなかったせいで…。だから誰か…俺の代わりにリティシアを護ってくれるような存在がいればいいなって丁度考えていたところだったんだ」
嬉しそうなアレクが言葉を紡ぐ度に酷く心が傷んだ。
「リティシアはどうしても誤解をされやすいから…俺にとって信頼できる誰かが彼女を護ってくれればって思っていたんだけど…グレンなら適役だ!断言できる。リティシアを任せられるのはお前しかいない!」
彼の顔を見ていられずに思わず視線を背けると、心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「…どうした?グレン。顔色悪いぞ…?」
「…あぁ、いや…ちょっと疲れてて。リティシア嬢がどんな人なのか私も気になっていたから丁度良かったよ。アレクの婚約者は…私が責任をもって護るから…安心してくれ」
違う、アレク。私はたった今、遠回しに暗殺の命令を受けたんだ。親友の婚約者を…この手で殺せと。
嬉しそうな親友を前に、そんな事は口が裂けても言えなかった。
アレクは自分のいない間も彼女を護ろうとしているのに、その父親は逆に殺そうとしている。
アレクの意思などお構いなしなのだろう。…両親に理解されず、更に尊重されない彼が一体どんな思いで過ごしているのかを彼らは知っているのだろうか。
せめて私はアレクの意思を理解しなければ。彼がリティシア嬢を護りたいと考えているならば…私がとるべき行動は一つだ。
…とりあえず彼女がどんな人間なのかをじっくり観察してみることにしよう。
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