第61話 王の命令
城の扉をゆっくりと開き、私は足早に玉座の間へと向かう。すれ違う使用人達は私が呼び出された事を全く知らないらしく、不思議そうにこちらを見ていた。
目的地に辿り着き扉を開ければ、玉座に腰掛けた陛下は私に鋭い眼差しを向けていた。
私は陛下の前に跪き静かに声を発する。
「…陛下。お呼びでしょうか。」
陛下は私の言葉にゆっくりと頷く。
「アーグレンよ。今でも思い出す。アレクシスがお前を連れてきた時をな。…まさかお前がここまで成長するとは。あの頃とは随分と見違えたぞ」
こちらを褒めるような口ぶりに思わず気が緩んでしまいそうだが、残念ながら国王はそのような優しい人間ではない。
「勿体ないお言葉を有難うございます」
私を褒めるということは…何か裏があるに違いない。いくら騎士団長とはいえ無条件に平民を褒めるなど、絶対にあり得ないのだ。
「そこでだ…成長したお前に頼みたい事がある」
「…私に頼みたい事…でございますか?」
…案の定何か見返りを求めていたようだ。
それにしても、陛下が私に何かを依頼するなど今まで殆どなかった事だ。こうしてわざわざ私を呼び出してまで依頼したい事とは…一体どんな内容なのだろうか。
なんとなくだが…嫌な予感がする。
「お前にリティシア=ブロンドの護衛騎士を頼みたい」
予想もしていなかったその言葉に私は驚かざるを得ない。
私が護衛騎士に…?
しかもリティシア=ブロンドは…アレクの婚約者の名前ではないか…?
「…!?…理由をお聞きしてもよろしいでしょうか…?」
冷静さを保てずあまりの衝撃に少し声が上ずってしまったのだが、それを一切気にすることなく陛下は言葉を続ける。
「お前にしか頼めないことだからだ。他の騎士では代用がきかない。」
…一見私を信用している言葉のように思える。だが…違う。陛下の表情を見れば分かる。
これは恐らく…百害あって一利なし…私を困惑させる依頼だ。
「…それは一体、どういう事でございましょうか。」
どうにか冷静さを取り戻し、陛下に疑問をぶつける。
私にしか頼めないこと…この言葉は本来喜ぶべきものだが、陛下に言われても全くと言っていいほど嬉しくない。
「お前は、我が息子の婚約者リティシア=ブロンドの噂は聞いたことがあるな?」
「…はい。小耳に挟んだ程度でございますが…」
「なら話は早い。あの女は悪女だ。我が息子ながらアレクシスは優しい。…優しすぎる。いずれあの悪女に殺されるやもしれん…。そこで、お前に頼みたいことがある」
「…はい」
アレクとリティシア嬢の婚約破棄を手伝え…そう言いたいのだろうか?もしそうならば喜んで従うが…そんな簡単な話だろうか。
「あの女の様子を観察してほしい。もし、もし手に負えないと感じたら…その時はお前の手で殺せ。良いな?」
陛下の紡いだ言葉に、私は一瞬言葉を失った。
「…はい?今なんと…」
「騎士とは戦いで命を奪い、奪われる者。華奢な令嬢の命など簡単に奪えるだろう」
当然ながら、私が言いたいのはそういうことではない。
「…」
「よく観察し、お前が決めろ。アーグレン。お前の親友であり命の恩人のアレクシスが婚約者に苦しめられる未来など想像したくないだろう?あの女が消えればアレクシスの新しい結婚相手を探す事が出来る。…何を言っているか、分かるな?」
「…はい。」
「お前をこの城に置いてやった恩を…決して忘れるな」
「はい…勿論でございます。陛下に頂いたご恩は決して…忘れません。」
私は察した。
これはリティシア嬢への護衛騎士の依頼などではない。
…彼女の暗殺命令なのだと。
私が俯き黙り込んだことに気づいた陛下は何を思ったか外から使用人を呼び寄せる。
そんな近くにいさせたなんてもし聞かれていたらどうするつもりだと思ったが、よく考えれば玉座の間は魔法で防音になっていた。
そして使用人は陛下が何かを伝えると一礼してどこかへ走り去っていく。私にとってはその使用人がどこへ行こうとどうでも良かった。
…考えるべきは今後だ。
陛下の口ぶりからして私がリティシア嬢の護衛騎士となるのはほぼ決定事項なのであろう。それは初めから避けられないと考えておこう。その後は…。
私がそこまで考えた時、玉座の間の扉が開かれ、一人の青年が現れる。…陛下と同じくらいの年代の男性だ。私は今までその人を一度も見たことがなかった。
こんな話をした後に人を呼ぶなんて…陛下は何を考えているんだ。
呆然とする私を見た陛下は口元に笑みを浮かべてみせる。
「アーゼルよ、この者が今日からそなたの娘の護衛騎士になる」
アーゼル…だと?まさか…この人は…。
「娘を宜しくお願いします、騎士さん」
微笑んで手を差し出すブロンド公爵に私は大きく動揺する。
たった今娘の暗殺命令を受けた護衛騎士が…その手を取る資格などない。陛下は一体何故公爵をこの場に呼んだんだ…わざわざ呼ぶ必要などどこにもなかったのに。
あぁ、陛下は私に言ってるんだ。覚悟を決めろと。
「…はい、お任せください」
無視することもできず私は心を無にして彼の手をとる。彼はその瞬間私の耳元で低い声で囁いた。
「リティに少しでも傷をつけたら…承知しないぞ」
「…はい、命を賭けてお守りします。ご安心ください。」
私は彼の瞳を見る事が出来なかった。
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