第40話 呪文

 私の疑惑の視線に気づいたアレクは慌てて本を持っていない方の手を横に振って否定してくる。


「違う違う。呪文は威力増強、そして表現力を補ってくれるんだ。唱えるだけで魔力の流れを整えてくれるから、魔法が成功しやすくもなる。ちなみに水の魔法の呪文なら『ルーアクト』だけど、炎の魔法はまた別だ。全ての属性にそれぞれの呪文が存在する。稀に共通の呪文も存在するけどな。」


 それは楽ね。一つ一つ違う呪文だと覚えるのが得意な人は良いけど苦手な人は殆ど魔法を使えなくなってしまうものね。炎の呪文さえ覚えてしまえばリティシアの膨大な魔力ででどうにか魔法を使えないかな。


「なんだ、貴方のカッコつけだったら盛大に笑ってあげようと思ったのに…。残念ね。それじゃぁ炎の呪文は?まさか知らないなんて言わないわよね?」


 知らなくても何の問題もないのだけどね。そもそも普通は自分の属性しか学ばないだろうし。戦争とかの時代なら相手国の騎士の属性を知るとかはあるかもしれないけど、今は平和だからね。


 …でもアレクなら覚えてそうなのよね。


「勿論。炎の呪文は『リフレイア』だ。炎の魔法については次のページに詳しく書いてあるぞ。」


 やっぱり覚えてたわね。自分に関係ない事まで記憶するって凄い勉強熱心だわ。私の記憶なんてテストが終われば一瞬で吹っ飛んでしまうのに。


 …それにしても、当たり前だけど「火よ!出てきなさい」ではなかったみたいね…我ながら安直すぎたわ。呪文がちゃんと存在したのね。


 …さっきはアレクが自分に関係ない事を学んでると思ったけど、もしかしたら他の属性の呪文を唱えても通用するのかしら?流石にないわよね?


「私が『ルーアクト』と唱えても水の魔法は使えないのよね?」


 確認の為に問うとアレクシスは頷く。


「あぁ。その場合は何も起こらない。使えるのは自分に与えられた属性だけだ。闇の魔法だけは自分の属性を置き換えて使えるらしいけど…そもそも使える人間がいないからハッキリしてないんだよな」


「中途半端な知識ね。」


 当たり前だが、テストが終われば記憶が吹き飛んでしまうような覚え方をする人間が言える事ではない。私は絶対にアレクシスを見習うべきである。


「そうだな。俺もまだまだって事だ。リティシアに教えるだけじゃなくて俺ももっと勉強しないといけないな。」


「そして全ての知識を私に渡しなさい。貴方が私より賢くなるのは許さないわよ」


 既に彼は私よりこの世界に関して何倍も賢いのだが、アレクシスは私の言葉を否定せず、無条件に頷いてくれる。


「分かった。何か新しい事が分かったら教えるな」


 だからアレク、私にその笑顔を向けないでってば。何度も言ってるじゃない…心の中でだけど。


「あ、そうだ。さっき言ってた戦闘魔法を日常魔法に応用する仕方も教えるな。まずは戦闘魔法…火を出す方法から教えるから、とりあえず外へ出よう」


「…私がもし火を出せなかったら…責任取ってくれるんでしょうね?貴方の魔力を全て私に譲るくらいでないと…許さないわよ。」


「大丈夫。リティシアなら絶対に出来るから。俺の魔力なんて必要ないよ。そう心配しなくても平気だ」


 心配?私が心配してると思っているの?…確かにそうね。自分が出来るかどうか不安だし、心配だわ。…それを悟られてはいけないのだけど。


 この世界で最も重要視される魔力を全て他人に譲渡するなど…言語道断のはず。それなのに彼は何も言わなかった。魔力を寄越せと言った事に対して怒る様子を一切見せないのである。


 …彼が唯一怒っていたのは悪役令嬢わたしがパーティで言われていた時だけね。本当に怖いぐらいに…優しい人。


「それじゃぁ早く外に出よう。室内でやると色々危険だからな」


 私は彼の言葉に返事をせずに周囲を見渡す。私が傷つけてしまった彼の上着と、その横にはあの不思議な魔法道具が置かれてあった。あれは今後…使えるかもしれない。


「その前に…その眼鏡私に頂戴。拒否は許さないけどね」


「…欲しいのか?いいよ。リティシアが欲しいならいくらでもあげるぞ」


 本当にいくらでも買えるんでしょうね彼の財力なら…。それを惜しみなく私に渡そうとするとはね。流石としか言い様がないわ。


 でもねアレクよく聞いて。眼鏡は一人一つしかかけられないのよ。


「一つで良いわ。それを頂戴」


 なんとなく…いずれ役に立つ気がするのよね。


 彼は「もし欲しい物が他にもあったら教えてくれ」と言いながら私に眼鏡を手渡してくる。


 私が欲しいものなんて特にないわ。強いて言うなら…アレクが幸せになる事が私の唯一の目標であり、そして欲望ほしいものなのかもしれないわね。


「欲しい物は勝手に貰うから貴方に言う必要はないわね」


「一応貰う時は一言声掛けしてほしいけど…まぁそれでもいいよ。それじゃぁ外へ行こう」


 彼は美しいカーテンを開き、窓を開ける。

 …窓?さっき入ってきた扉じゃないの?


 私の疑惑の視線を受け、彼は得意気に笑った。


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