第41話 召喚
「リティシア、こっちへおいで」
彼が私を手招きするので、仕方なく横に並ぶ。窓は人一人は余裕で通れてしまう程の大きさで、そこからは広大な敷地をよく見る事が出来た。
私がいるのは三階なので…もし落ちたりしたら死んでしまう可能性が高いだろう。気をつけなければ。
「何をする気?」
「決まってるだろ?飛び降りるんだ」
私は一瞬唖然とする。彼は顔色一つ変えずにそう呟いた。
「…自殺なら一人でしてくれる?」
「違うって。何も生身で飛び降りるわけじゃない。」
なんだ、自殺しようとしていた訳ではなかったのね…。良かった。もしそんな事をしたら…勿論全力で止めるけどね。
貴方が幸せにならない未来なんて…そんなの私は見たくない。
私がそんな事を考えているなど露知らず、アレクシスは目を瞑り、両手を前に突き出す。
「
彼が詠唱すると彼の手から澄んだ水の渦が再び放たれる。よく見ると不思議な事に水滴が飛び散る事は一切ない。それはくるくると激しく回り始めたかと思うと、少しずつ、少しずつ何かを形作っていく。
その間彼が目を開ける事は一度もなく、精神を統一させ、集中している様に見えた。…意外と大掛かりな呪文なのね。
私は彼から目を逸らし、まるで自我を持ったように上手に何かを形作る水の渦をぼうっと見つめ続ける。
段々その形が見えてきた。頭…胴体…そして尻尾が少しずつ分かるようになる。鋭い角に皮膚を覆う硬そうな鱗、細長い尻尾…これは。
「
全てが水で形作られた美しく立派な竜がその場に君臨した。全体が透明に見える事以外は殆ど本物のそれと言っても良いだろう。
信じられない。これがただの水で出来ているだなんて。
…これが魔法。もっと信じられないのはこんな凄い事を隣の王子がやってのけたという事。ここまで凄い魔法を使えるようになる自信は流石にないわね…。
「正解。」
彼は少し得意気に微笑むと、こちらに手を差し伸べてくる。意図が分からず戸惑いの表情を浮かべるとアレクシスは「おいで」と言葉を返してくる。
「水の形を変えて水竜にすれば上に乗る事が出来るんだ。炎の魔法はまた別の形になるけどな。魔力は大分消費するけど唯一の魔法を使った移動手段なんだ。」
「なるほどね…」
私は彼の魔法力に感心しながらその手を取ろうとしたが、直前で思いとどまり、ピタリと止まる。
飛び降りる…竜…上に乗る…?
彼は突然立ち止まった私に訝しげな顔を向け、差し出した手をそのままに「…どうした?」と聞いてくる。
「これに乗るの?」
私が震える声で問うと彼は頷く。
「あぁ。その方が早いからな。大丈夫、水だけど魔力で強化してるから落ちな…」
「無理よ」
「ん?」
「もし落ちたらどうするの?それで死んだりなんかしたら…。貴方は責任が取れるわけ!?」
アレクシスの自信を見る限り落ちないのだろうという事はなんとなく理解ができる。だが急にこの世界に飛ばされて魔法をたった今初めて見た様な女が…いきなり竜に乗れるとは思えない。
アレクシスを信じていない訳ではない。誰よりも信じている。だが私は普通に怖い。空を飛ぶものなんて飛行機でも一回しか乗ったことないのに。
…前まで死んでもいいとか言ってた癖に落ちるのは怖いなんて私はやっぱりまだまだ覚悟が足りないのね。
「絶対に落ちない自信がある。もし落ちたら俺が下敷きになるけど…」
「それでも嫌。安心できない。」
生きたいっていうのはそういう事じゃないのよ。貴方を下敷きにして生き残るくらいならそのまま死ぬわ。…アレクを護れないなら私の存在意義なんてないからね。
「…歩いていきましょうよ」
恐ろしいぐらいにか細い声が私の口から溢れる。情けないわね。私は悪役令嬢なのに。
…でもやっぱり竜に乗るのは怖いのよ…。
私のその言葉に彼は表情を曇らせる。
「良いけど…魔法の練習は騎士団の訓練場を使おうと思ってるんだ。今は丁度パーティの影響で休みの期間だし、訓練場は魔法が暴走しても良い様に丈夫に作られているからな」
「そこでいいわ。歩いて行きましょう」
「…こことは別の建物だから結構歩く事になるぞ。とてもじゃないが、ドレスで歩けるような距離じゃない。…あ、俺がリティシアをそこまで抱えて運ぶ事も出来るな。お前がそれで良ければだけど」
「嫌。乗るわ。これに乗って早く行くわよ。」
この時点で私の初めての竜に乗ってみよう体験は確定した。うん、頑張ろう。いずれ私も火の魔法で作り出したものに乗る事になるかもしれないんだし。
…もし彼の言う通りにしたら…どう考えても情けなさすぎる。
竜に乗るのが怖くて乗れなくて移動もしにくいからって婚約者に抱えて運んでもらうなんて…。本当の
何よりアレクシスに迷惑をかけたくはない。
「大丈夫か?無理しなくても…」
「嫌。貴方の世話になるなんて絶対に嫌。」
精一杯の強がりを見せ腕を組むが、私は内心涙目なのであった。
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