第39話 個人授業

 アレクシスは椅子を引くと私に座るように勧めてくる。理解が追いつかぬままに席につくと、彼は再び呪文を唱える。


 先程と同じ事が起こるのかと予想されたが、同じ呪文でありながら今度は全く違う行動を見せた。


 水の淡い膜が表紙の赤い二冊の本を包み込んでいく。一冊は私の目の前の机に置かれ、もう一冊はアレクシスの手元へと運ばれていく。水の膜が彼の頭上で弾け散り、落ちてくる本を彼は瞬き一つせずに受け止める。


「…魔法の使えない私の前で魔法を使うなんて…馬鹿にしているの?」


「違うよ。こんな事も出来るよって教えたかっただけだ。気を悪くさせたならごめんな。」


「でも…それは水の魔法を使う人だけでしょう?」


「そんな事はない。水の魔法を使う人が炎の魔法を使うとかそういう事は出来ないけど…戦闘魔法を日常魔法に応用すれば基本同じ事が出来る」


 魔法を応用?この世界にはまだまだ私の知らない事が多く存在している様だ。一から教えてもらえる機会を設けられた事は本当に幸運かもしれない。


 それにしても…魔法って知識ゼロでもなんとなくで出来る様なものじゃないのね。アレクの唱えた呪文も全く知らないものだったもの。


「…よく分からないわ」


 素直な感想を述べるとアレクシスは「そうだよな」と頷く。彼は本当に昔は使えたけど今は使えないという真っ赤な嘘を信じているのだろうか?


 …私が自信をもって言えることは、私が嘘をついていようがいまいが、お願いされた事は何でも叶えようとするのがアレクシスという人間であるということ。例えバレていたとしても彼は特に詮索してこないであろう。


 …いずれは、全て話せる時が来るのかしら?


「でもこれから順を追って説明するから、最後には分かるようになってるはずだ。」


「それは貴方次第ね。」


 アレクシスは私の冷たい眼差しに「そうだな。俺に任せろ」と笑みを返すと手に持った本をペラペラと捲りだす。


 私も真似して捲ってみるが、彼が何ページを見ているのかこちらからは分からなかったので、感覚で開いてみた。


 私が開いたページは「禁じられた闇の魔法とは」というものであった。明らかに大分後に習うものだろうと思った。闇の魔法って禁じられてたから今まで見た人がいなかったのね。


 それは私の予想通りであったらしく、「それは大分先だな。初めに見るのはここだ」とページ数を教えてくれる。リティシアなら私に指図するなと理不尽に怒るところだが…ここで反抗していては何も進まない。私は素直にページを開いた。


「まず魔法というのは、想像力、表現力、そして魔力。その三つが作用して初めて使えるものだ。属性も必要だけどこれは勝手についてくるものだから今回は除外にする」


「魔力も生まれつき勝手についてくるものじゃないの?」


「生まれつきだと言えるけど、使いようによっては本当は凄い魔力を持ってるのにそのほんの一部しか使えないという人間もいる。魔法は上手に魔力を使う事が求められるんだ。」


 それは正しく私のことね…。こういうのを宝の持ち腐れって言うのかしらね。折角持ってるんだから自分の使える切り札カードはフル活用するべきだわ。


 これは私の予想だけど、アレクシスの言い方から考えて…まるで身近に魔力を上手に使いこなせない人間がいるみたいね。


 まぁ考えても仕方ないし、今は魔法を覚える事に集中しよう。私の知らない事がきっと山程あるからね。


「なるほどね。」


「あぁ。…想像力、表現力、魔力が必要と言ったけど、リティシアは魔力に関しては充分だからこれについては言う事がないな。想像力と表現力も魔法を使っていけば自然と身につくものだ。」


「じゃぁ何も教える事がないじゃない。偉そうに個人授業を始めようかとか言っていたくせに…」


「俺は初歩的な事を教えるけど、それよりもっと上に伸びたいなら自分の努力次第って事だよ。上級者向けの魔法を教えても今のリティシアにはまだ早いし、結局は誰かから聞くよりやってみる方が格段に成長が早いんだ。」


 確かに彼の言う通りだわ。やらないで成長するなんてそれこそ天才でなければ絶対にあり得ないもの。


 リティシアは魔力だけは恐ろしい程にあるんだから使い方次第では主人公の次くらいには最強になれるわ。頑張らないと。


「それは確かに言えてるわね。ところで…質問なんだけど、想像力と表現力、そして魔力があれば魔法が使えるんでしょう?じゃぁ呪文はなんの意味があるの?ただカッコつけてるだけって訳?」


 まさか呪文がアレクシスのカッコつけだったなんて…そんなの私は信じないからね。


 小説でも魔法を使うシーンはあったような気がするけど呪文まではかかれてなかったのよね。炎の魔法を使う、みたいな感じで書かれていて、呪文はそれ程重要視されていなかったみたい。メインは主人公とアレクの恋愛物語だったから仕方ないのだけどね。


 …ということはやっぱりカッコつけ…?

 違うわよね、アレク…?何か意味があるのよね?


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