第14話 パーティ編 その5

 去りゆく私達の背を見て、ヒソヒソと貴族達がわざと私に聞こえる声で陰口を叩いてくる。


 口元を扇子で隠し、こちらを見る眼差しはまるで獲物を捉えた狩人のようだ。


「可哀想に…あのご令嬢が何をなさったと言うのかしら」


「あのご令嬢は恐怖でもう社交界に出てこられないでしょうね…」


 好き勝手呟くのは決まって派手なドレスを身に纏う貴族達である。


 噂話の大好きな貴族のことだ。この事はすぐに広まってしまうだろう。…勿論、私が全て悪いとされて。


 平民達を見ると、リティシアの噂はどうやら知っているようだが、貴族の反応とは大幅に違った。


 今のはリティシアが悪いのか、それとも男が悪いのかと議論を繰り広げているようだ。


 私の噂につられて私が悪いという者もいたが、同じくらい私を庇う声もあった。


 貴族より平民の方が噂よりも目で見た事実を好む傾向にあるようだ。


 私を標的にし、好き勝手言い始める貴族に気づいた令嬢が、「違います、リティシア様は…」と声を上げたが、「黙って」と私が言葉を遮る。


「ですが…」


「良いの。好きなだけ言わせておけばいいわ。」


 下手に反論しても彼らに聞き入れる気などない。


 事実はどうあれ面白い話のネタが出来たと彼らは心底喜ぶことだろう。


 これで一歩私の婚約破棄が近づいた。私にとっても喜ぶべきことだ。


 …それなのに、少し虚しさを感じるのは何故だろうか。


 もしかしたらリティシアは、たまに正しい事をしても、誤解され、最悪の場合は、貶されていたのではないか。


 そんな思いが頭をよぎり、例えそうだとしても自業自得だと、すぐに振り払う。


 しかし、何故だかリティシアに同情する気持ちだけは、何度振り払っても消えなかった。


「あの、リティシア…様」


 パーティ会場を足早に抜けた後、王宮の廊下を移動し、休憩室へと向かう。


 道中、令嬢の口から言葉が漏れる。緊張しているのか、まだ声が震えていた。


「…何?」


「さっきは、助けてくださり…本当にありがとうございました。」


「勘違いしないで。あの男が目障りだっただけよ。」


 間髪入れずに冷たく言い放つが、令嬢は自分を助けてくれたと信じて疑わない様子だ。


 …こんなに純粋に私を信じてくれる人が貴族の中にもいるのね。


「では今私をどこへ連れていこうとしていらっしゃるのですか?」


 可愛らしい瞳でじっと私の瞳を覗き込んでくるので、視線を慌てて逸らす。こんな純粋な子と、リティシアは関わるべきじゃない。


「…私の前で汚いドレスを着てほしくないの。だから連れていくだけ。それだけよ」


 令嬢が反論するより前に休憩室に辿り着き、彼女を高級そうなソファに座らせると、少し時間が経ったからか、染みが広がってしまっていることに気づいた。


 このままでは本当にもう着ることができなくなる。


 あの男は弁償すると言っていたが、令嬢はパーティ用に一点物をオーダーすることがあると聞いた。


 これがもし一点物であるならば、もう二度と完全に同じ物は作れないだろう。


 洗剤などで落とすと色が落ちてしまうかもしれない。違う方法で落とすしかないわ。


「あの、リティシア様、そんな事までして頂く必要はございません。もう充分です。ありがとうございました」


「いいえ。私のプライドにかけて絶対に落とすわ。貴女は黙って座っていなさい」


 私は廊下を歩いていた使用人を呼び止め、いくつかの物を要求する。リティシアの顔を見るなり恐怖に歪み、今にも逃げ出しそうな使用人であったが、アレクシスの婚約者である為、ちゃんと話を聞いてくれたようだ。


 暫くして使用人がタオルと、白い物質が大量に入ったコップを持ってくる。令嬢はそれを見て漫画のような驚愕の表情を浮かべたが、黙ってこちらを見つめている。


 私がドレスが地面につくことも厭わずにしゃがみ込むと、令嬢が慌てて「リティシア様!ドレスが汚れてしまいます!」と私を立たせようとしたが、その手を振り払い、「そのコップを頂戴」と使用人に声をかける。


 使用人から受け取ると、そのまま物質を大量にドレスにぶっかけ、更に令嬢の目が点になる。


「別に怪しい粉ではないわ。ただの塩よ。調べたことがあるの。ワインで出来た染みの落とし方を」


 塩でドレスを優しく揉み込むと、染みを徐々にだが、少しずつ吸い上げてくれる。このまま少し経てば、染みはかなり薄くなっていくはずだ。


 どうして私がこのような知識を持っているかと疑問に思うかもしれないが、これは単純な理由で、以前、前世で調べたことがあるからである。


 私自身はワインを飲める年ではなかったが、親がワインを誤って溢した時に困っていたので、どう落とすのかを調べたことがあったのだ。


 令嬢は少しずつ薄くなる染みを不思議そうに眺めた後、思い出したかのように慌てて私に立ち上がるように勧めてくる。


 仕方なく立ち上がり、ドレスを見たが、ここは外ではない為、地面についたであろう箇所に汚れている様子は一切なかった。


「すぐには吸い上げられないから、もう少しここにいて。綺麗に落ちたら、あとは使用人に塩をタオルで拭き取ってもらいなさい。あと、あの男には染みが薄くなったことを言わないで、ちゃんと請求するのよ」


 私の発言に目を丸くしたかと思うと、なにがおかしかったのか、令嬢は吹き出す。


「なによ?」


「いえ…申し訳ありません。リティシア様、本当に色々ありがとうございます。今日の事は、一生忘れません」


「そんなの忘れていいわよ。大したことなんて一つもしてないんだから。それじゃぁね」


「改めて、ありがとうございます、リティシア様。私、大人しくここにいますね」


「そうしなさい。それじゃ」


 尊敬の眼差しを背後から強く感じながら、私は休憩室を後にし、パーティ会場へと再び歩き始めた。

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