第15話 パーティ編 その6
会場へ戻ると、案の定酷い空気だった。
正確に言うと、私が会場へ入った途端、空気が張り詰めるのがよく分かったのである。
先程の事件現場へと目を向ければ、割れたワイングラスの破片や、溢れた液体は全て綺麗に片付けられ、元々ワインの置いてあった箇所には美味しそうなお菓子が置かれていた。
人々の視線を全て無視し、クッキーを手に取ると、まだ温かかった。ワインを下げる口実を作るために使用人が慌てて焼いたのだろう。
そういえばアレクシスは何処へ行ったんだろうか。
アレクシスが先程この場にいたのならば、私を庇わないなどということはあり得ない。彼はあの時確実にいなかったのだろう。
私が特に何もせず隅の方で立っているのを貴族達が確認すると、張り詰めていた空気が少しずつ、少しずつ緩んでいき、また再び騒がしさを取り戻す。
会場の全体を眺め、アレクシスの姿を探すも、やはりどこにもいない。
もしここにいたとしたら女性に囲まれ、相当目立っているはずだ。彼はいつの間にか会場から抜け出してしまっているのだろう。
まぁ、彼は一応顔を出したし、もう出なくても問題はないからね。
私がぼうっと城へと繋がる扉を眺めていると、唐突にそれが開かれ、私は突然の出来事に驚いて目を見開く。
扉から現れたアレクシスは私を見つけ、真っ直ぐこちらに歩み寄ろうとする。
しかし、無礼にも、アレクシスの歩みを妨げる者がいた。
「殿下!お待ちしておりました。どうか私と踊って頂けませんか」
アレクシスの前に立ち、令嬢は満面の笑みを浮かべる。
その令嬢は口紅を塗り、アクセサリーをあちこちにつけ、髪型にも随分と気合が入っている。…王子の心を掴む気満々といった様子だ。
恐らく彼女は、
しかし当の本人アレクシスは私にしか興味がないらしく、チラチラとこちらを見てくる。
だが令嬢を無下にする訳にもいかず、相当困っているようだ。
…ここもまた悪役令嬢ポイントね。私が無視をすれば冷たい女、助ければ優しい女になるわ。
…私の本心としては、当然助ける一択なんだけど。
でもアレクシスが自分で断れるなら何もしないで、それを見届ければいいわね。
…少し様子を見ましょう。
「えっ…あぁ、伯爵家の…。大変有り難いお誘いですが…すみません。恥ずかしながら、私は踊りが得意ではないので…ご令嬢に恥をかかせてしまうと思うのです」
「殿下の踊りが下手ですって!?とんでもございません!殿下が下手でしたら我々は平民以下でありますわ。それに、殿下と踊れること自体が我が一族の名誉でございます。失礼であることは重々承知ですが、どうかお願いできないでしょうか?」
令嬢の言葉に周りの平民が眉を顰めたが、気にせず令嬢は続け、あろうことかアレクシスの手をとり始める。
…アレクが嫌がってるでしょ。どうしてそんな事ができるの?
「ご令嬢、平民以下という表現はあまりよろしくありません。平民も貴族も皆平等な人間ですよ。それから…何度も断るのは無礼に当たりますので私はしたくないのですが…こればかりは申し訳ありません。一国の王子が一族を背負ったご令嬢に恥をかかせる訳にはいきません。これから仕事もありますので…」
「…無礼を承知で伺います。もしかしてなのですが、殿下は誰とも踊らないおつもりなのですか?」
あまりにも断られ続ける為不審に思った令嬢が核心に迫った質問をする。…無礼ね。もう、アレクの力だけで断るのは無理かもしれない。
「…いや、そんな事はありません。ですが…」
「殿下は一度も踊られていないではありませんか!一度は踊らなければパーティに来られた意味がありませんわ!」
本当にずっと見ていたのね、アレクの事。
確かに私と来てからも彼はすぐにいなくなってしまったわ。その後来ていたのかもしれないけど気づいたらいなかったし。それは知らない人と踊るのを避ける為と、忙しいから…なんだろうけど。
令嬢はアレクシスの手を掴み、引き下がらない様子だ。振り払ってしまえばいいのに、彼は令嬢を傷つけることを避けるために、なんとか断る口実を考えている。
…これ以上は見てられないわね。
アレクシスは優しいから強く断れない。そしてあの令嬢もなかなかに引き下がらないわね。彼の性格をよく知っているのかもしれないわ。
それから、彼の断り方。自分の才能不足だと言って令嬢に被害を被らないようにしてるんだわ。その優しさにつけこんでしつこく誘ってきてるというのに…。ほんと、優しすぎるのも問題よね。
…本当は、悪役令嬢らしくアレクシスが困ってる様を見て、笑わなきゃいけないんだろうけど。
…本当は、悪役令嬢らしく私の婚約者に付きまとう女め!とか言って水でもぶっかけなきゃいけないんだろうけど。…ワインはもう下げられちゃったしこれをかけるのは無理ね。
やっぱりいざこの場面を前にしてみるとダメね。リティシアではないことを悟られない程度に…彼を助けるように動きたいわ。
自分の気持ちには、嘘はつけないもの。
アレクシスに声をかけようか迷っていたアルターニャ王女の側をすり抜け、私はわざとヒールの音をコツコツと会場全体に響かせて歩みを進める。
私の鋭い眼差しに、皆が自然と道を開ける。また何か問題を起こすのか、そんな視線を向けられても、気にせずに歩み寄る。
アレクシスがすぐにこちらに気づき、安堵の表情を浮かべる。
バカね、貴方の不幸を招く悪役を見てホッとしちゃだめよ。アレク。
「リティシア嬢!」
「…リティシア様」
私は鋭い眼差しを令嬢へと向けた。
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