第13話 パーティ編 その4

「すみませんでした!」


 再び大声を張り上げて謝罪する男に、呆れ顔を向ける。この男が謝罪する相手は、私ではないはずなのに。


 私は怒りの表情を崩さぬまま、言葉を紡ぐ。


「ご令嬢には?」


「申し訳ありません!!ご令嬢のドレスは後日弁償させて頂きます!」


 私が言うや否や頭を地面に擦りつけて令嬢に謝罪をする。


 令嬢は終始ぽかんとした様子だったが、「いえ、もう気にしていませんので…」と随分棒読みの台詞を口走っていた。


 そりゃあんな事されたら気にするわよね。ご令嬢、ドレス代倍くらい上乗せして搾り取ってやりなさい。


 …いけないいけない。私が本当に悪役令嬢リティシアになるところだった。


「あら、それなら私も貴方のタキシード代をお支払いするわ。私がワインをうっかり溢してしまったから…本当にごめんなさいね。本当に、『うっかり』してたわ…。ちゃんとお支払いするからブロンド家に請求するといいわ」


「うっかりなのに令嬢に金を支払わせるのか?」という台詞を言外に含ませるとその意図に即座に気づいたらしい男が立ち上がり、頭を下げてくる。


「い、いえ結構でございます!!申し訳ございませんでした!!」


 どうにか悪役令嬢として名高いリティシアに許されようと彼はプライドを捨て、必死になっている。


 リティシアの背後には王族の次に偉い公爵家がいるから、領地没収にでもなったら大変どころでは済まないのだろう。ほんとに没収してやろうかしら。


「あら本当に?悪いわね。じゃぁもう貴方に用はないわ…とっとと私の前から失せなさい」


 笑顔で微笑みかけ、終盤は真顔で威圧してみせると、男は「ど、どうかお許しを!申し訳ございませんでした!」と叫びながら後ずさりをすると、テーブルクロスに足を引っ掛け、無様に転んでいた。


 そして更にその男にテーブルに置かれていたワインが一気に注がれる。ポタポタと地面に垂れるワインを他所に、彼はただ私を見て震え続けている。


 そんな彼に最後のサービスをしてあげようと私はゆっくりと歩み寄る。彼は最早恐怖で動くことが出来なかった。


「えぇ勿論。許してあげるわ。貴方の今の姿、とっても似合ってるわよ」


 残っていた一本のワインを頭のてっぺんから丸ごとかけ、心からの微笑みをみせると、彼は言葉にならない声を上げ、この場を走って去っていった。


 前が見えてないのによくこの会場から去れるわね。闘争本能じゃなくて逃走本能が優れているのね。きっと。


 あぁすっきりした。


 …やっぱりやりすぎたかしら…周りからは相当な悪女に見えるわよね。まぁいいわ、ワインをかけたくらいで死刑にはならないだろうから…。


 そして私は振り返り、立ち尽くす令嬢の瞳をじっと見つめる。彼女は怯えておらず、私に対して驚きを顕にしていた。


「こっちへいらっしゃい」


 そう声をかけ手を差し出すと、反射的に令嬢はその手を取ろうとしたが、はっとしたように手を引っ込めると、また首を横に振る。


「リティシア様、私は大丈夫です。そんなご迷惑はかけられません」


「いいからいらっしゃい。私に逆らう気?」


 私にそう強く言われると、観念したのか令嬢は手を差し出してくる。私はその手を取り、会場を後にする。

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