第8話 パーティに向けて

 それから更に数十日が立ち、パーティが目前に近づいてきた。


 アレクシスはあれから王族としての仕事が忙しいのか、一度も来ていない。


 あ、手紙は来てたかな。確か…リティシア嬢と行く初めてのパーティ、すごく楽しみにしてるよ、全然会いに行けなくてごめんなって書いてあった。


 バカね、そんなこと…悪役令嬢の「リティシア」が気にする訳ないのに。あの悪女の行動源は全て自分自身。


 パーティに行くと決めたとしてもそれは自分の為なのよ。アレクシスの為に、などということは絶対にあり得ない。…彼も薄々分かってたはずなのにね。


 でもリティシアじゃない、私にとっては嬉しいことこの上ない。こんな優しい王子様、やっぱり私には勿体ないのよ。


 ってことで返事は直接伝えることにして、手紙は送らないでおいたわ。


 あれからルナは前より私を信用し、少しずつだけど打ち解けてくれた。


 今までは自分で癖のある長い髪を梳いていて、結ぶのも面倒だから放置していたけれど、ルナがその役をかって出てくれた為、今では非常に楽だ。


 …そして、その役をルナがかって出た時の他の使用人の表情は忘れられない。


 あんなに「信じられない、正気か」という言葉が分かりやすく顔に出ている瞬間なんて他にあるかしらね。


「お嬢様、パーティに着ていくドレスはお選びになりましたか?」


 髪を丁寧に梳きながらルナが口にしたその台詞に私はきょとんと首を傾げる。


「え?適当に家にあるドレスを着ていくつもりだけど」


 今までも適当にリティシアが買っていたであろうドレスを気分で着ていた。


 裾の長いドレスはどうも歩きにくくて自分の部屋ですっ転んだこともあったけれど、誰も見ていなくて良かった。悪役令嬢じゃなくてドジっ子令嬢になりかねないわ。


 その言葉にルナは先程の使用人同様の表情をし、目を見開く。


「ダメですよ!アレクシス殿下に婚約破棄されそうなんですよね!?だからされる前にご自分で破棄しようとなさっていて…でもそんなの勿体ないです!今までのお嬢様のお転婆っぷりを考えたらそう言われてしまうかもしれませんが…今は違います!それをアピールするんです!」


 …あぁ、なるほど。今まで派手にやっていたからとうとう婚約破棄されそうっていう風に理解されたのね。私は婚約破棄をされるのではなくしたいだけなのに。


 というか今までのリティシアって…そうよね?悪役令嬢のリティシアの事よね…


 お転婆って…あれをお転婆という言葉で表現するのはお転婆が可哀想だわ。ルナの代わりに私が謝っておくわね、ごめんね、お転婆。


「まぁ、でも今は流石に買いに行く時間がございませんね。普段用ではなくパーティ用のクローゼットから選びましょう」


 そんなクローゼットがあるのね…。まぁ、こんな広いお屋敷だし何があっても不思議じゃないか。


 ルナに言われるがままに連れられてやってきたクローゼットは、案外私の部屋の近くに存在した。


 出掛ける時とかはここのドレスを着ればいいのか…と私が一人で考えていると、ルナが扉を勢い良く開いた。


 私は眼前に広がるその光景に目を疑った。


 右側が暖色系統、左側が寒色系統という風に分類された、様々なデザインのドレスが一気に飛び込んできて、情報量の多さに思わず目が眩む。


 大人っぽいデザインもあれば、可愛らしいデザインもあり、ないデザインはないのではないかと疑ってしまうほどのドレスの多さだ。


 このクローゼットは完全にドレスの為だけに用意されているらしい。


「あの…これ、全部…」


 驚きで声を震わせながらルナに尋ねると不思議そうにこちらを見つめてくる。


「あれ?お嬢様、覚えていらっしゃいませんか?今まで奥様と旦那様がお嬢様にお贈りなさったものを、お嬢様が着ないからここにしまってと仰ったではありませんか。」


 まさかとは思ったけどリティシアに対する両親への愛ってとんでもないのね…普通ここまで送らないわよ。


「パーティ用としてお嬢様がしまわれた訳ではありませんが、これだけあれば好きなだけ選び放題ですよ。」


 そうね、確かにドレス選び放題だわ…。

 でもここまで多いと困るなぁ…。


 部屋にある小さなクローゼットにはドレスが数着しかなかったから、それを毎日変えて着るだけで良かったのに。


「うーん…確かにそうね…。でもこれだけあると迷うわ。えっと…ルナはどれが私に似合うと思う?」


「そうですね、お嬢様は赤い髪でいらっしゃいますから赤は避けるとして…お嬢様の桃色の瞳に合わせてピンク色のドレスがよくお似合いになるかと思います。」


 リティシアは悪役令嬢だけどとてつもない美人だからどんなドレスも着こなせるとは思う。そして私も…ピンク色のドレスが一番似合うと考えていた。


「じゃぁそうするわ。」


「ではお嬢様、パーティの前日に着るものを迷っては大変ですから、このピンク色のドレスの中から一つお選びになってください。」


「ルナ…本気で言っているの?ピンクのドレスだけで何十着あると思ってるの…?」


「軽く百着以上はありそうですね。お嬢様に一番似合うお色ですから、奥様と旦那様が多めに贈られていましたから。」


 それから私はルナと一緒に悩みながらひたすらピンク色のドレスを試着しては脱いでを繰り返し…ようやく一つのドレスに決めたのであった。


 …別に婚約破棄の為にドレス選びは必要じゃないのに…。

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